NAOKI

イニシェリン島の精霊のNAOKIのレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
3.9
数年前…家の近所に新しいカフェがオープンしました。
ちょっと年配の女性と娘かもしれない若い女性の2人で始めたカフェでした。

仕事帰りにちょっと道草するのにちょうど良いカフェでおれはよく立ち寄るようになったのです。お店の2人ともすぐに仲良くなりました。2人とも映画好きで新旧映画の話で盛り上がることもよくあっておれはすっかりそのカフェを気に入ったのでした、

そんな感じで数ヶ月経ったある日、3日ほど空けてそのカフェに寄ったのです。
2人の様子が変でした…話しかけてこないどころか目も合わせてくれません。注文したコーヒーはちゃんと出してくれるのですがおれを知らない人間のように2人は扱いました…

おれが何かしたのだろうか?

考えてもわかりません…まったく心当たりがないのです。
4日前に来店した時はえらく話が盛り上がって楽しく話しました。
空いてる3日間は仕事してただけで何もした覚えがありません。

一つ思い当たったのは4日前おれと連絡を取るためにfacebookのアカウントを教えて欲しいと言われたこと…おれはfacebookは全然使っていなかったのだけど以前にアカウントだけは作ってあったので友達になりました。

おれはfacebookってそれまで使ってなかったのでよく知りませんでしたが使い始めると「この人は友達ではありませんか?」的なアプローチがありますよね。おれがこのカフェの2人と友達になって連絡を取り合っていることを第三者が知ることができる…第三者が2人に何かを吹き込んだのか…
明日もう一度店に行って訳を聞いてみよう…きっと何かの誤解のはずだ…

そんなことを考えているとカフェからそのfacebookにメッセージが届きました。

「もうお店には来ないでください」




「イニシェリン島の精霊」

この映画を観た時自分が出禁になったカフェのことを思い出してしまいました(笑)


アイルランドの鄙びた島…イニシェリン島…
素晴らしい景色でのどかな島だが田舎特有のめんどくさい人間関係はあるみたい…

気のいい兄ちゃん風のパードリックは毎日パブでバカ話を楽しんでた親友(少なくとも彼はそう思っていた)のコルムに絶交を言い渡されて当惑する。

まったく心当たりがないからだ。
たまたまそれが4月1日だったのでエイプリルフールか!とか思ったりもする…切ない!

当然パードリック(コリン・ファレル)に感情移入してしまって「けんもほろろ」のコルムにいくらなんでも酷いんじゃないか?とイラつく…
ところがその理由がぼんやり分かってくると「なんて人間ってやつは…」と悲しくなってくる…
イジワルな映画です。

パードリックにいつもくっついてくるドミニク(バリー・コーガンいつもながら圧巻の演技!)おそらく知的障害があるんじゃないか?って感じの青年なのだが…

妹とパードリック、ドミニクとパードリック、そしてコルムとパードリックと並べることによってその残酷な人間関係が見えてくるなんて本当にイジワルな映画…
パードリックは純でいいやつだけどちょっと足りないからこうなったと言わんばかり…

島でまともに見えるのは犬やロバという動物たちだけという皮肉…

喧嘩して疎遠になってしまった古い友人…今でも会いたくもないがなんで喧嘩したのかは覚えていない…とか…
世界中で起こっている戦争や紛争も似たようなもんじゃないか?って言われてるみたいな…

2人の諍いはやがて殺し合いのレベルにまでエスカレートしていく…

次第に見えてくる謎にとにかく目が離せない面白い映画なのに突きつけられた「テーマ」にだからどうしろと?…と途方くれるような気分…

おれはアカデミー賞はこれが獲ると思ってました。


「もうお店には来ないでください」

おれは結局その原因を突き止めることはしませんでした。
もしそこに第三者が介入していればおれはそいつを憎むことになるだろうし、ひょっとするとおれ自身に原因があるのかもしれないし…どちらにしてもそんな消耗はもうしたくなかった…

カフェの2人とは仲良くなっていたけどそんなに深い仲でもなくこれっきりになってもたいしたダメージではないだろうと…要は逃げたんです。

たとえ何かの誤解であることが判明してもあの2人とは元通りにならない気がしたのです。(数ヶ月おれの人となりを見てたくせになんの説明もなく出禁にしたあの態度…)

たいしたダメージではないだろうと思っていたのですが後から辛い気持ちにさせられました。
けっこうなダメージでした。

今でもそのカフェの前をバイクや車で通り過ぎますがチラッと店内が見えるとチクリと胸が痛みます(泣)
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