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やがて海へと届くの8637のレビュー・感想・評価

やがて海へと届く(2022年製作の映画)
3.8
「四月の永い夢」で唯一興奮したような感情的なシークエンスはないが、その分物語が壮大なのは監督の「Plastic Love Story」への帰還なのかもしれない。静かな映画を作るのって難しそうだな。電車から自然を追うワンショット、二度ある海の空撮。映る人物にやわらかい光が残るのは、その人への生の希望を捨ててないって事なのかな。
そして、大切な瞬間を実写で描かないのが監督らしいし、思い付かない突飛な演出だけど合ってる気もする。

周波数を揃えて誰とでも打ち解ける人ほどそれ故の葛藤を抱えている。主人公を支えてくれる"誰か"だってその人自身の人生を生きてるんだ、というのがよく分かる終盤。
どんな友情映画を観ていてもそうだが、「実はこの関係って脆いのでは」と感じてしまう。今回それを決定的に感じたのはすみれの「(相手に)周波数を揃える」という台詞。真奈が"合わせなきゃいけない側の人"だったかもしれない。
この映画の浜辺美波の上手さは中川監督の演出の上手さだと思うが、「近くにいるのに遠い」雰囲気は、奇しくもスター性を持つ彼女だからこそ出せたものかも。髪を切った後の魅力が凄かった。最後に映る後ろ姿は少女に逆戻りした若々しい感じがした。

世界の片面どころか、自分の視界の情報のみから自分勝手に背景を想像してしまう人間の傲慢さは、人間では計り知れないほどだった。

近年の中川監督作といえばキーとなる歌が毎作にあって、今作にはそれが見当たらないのが残念だな...と思っていたが、強いて言えば「これが私の生きる道」がその役割を担っていた気がする。劇中で流れない歌詞も含めて、すみれの考え方がそのまま歌になったみたいだった。

この映画が、ここでは語れない「あの人たち」の映画だったことが最終シークエンスで改めて分かる。以前からハンディカムの映像をよく使う監督が遂にリアルなドキュメンタリー要素を映画内に持ち込んだ時には驚いたとともに、その中で自然に居続ける新谷ゆづみが凄かった。
何年経ってもあのトラウマや教訓が受け継がれ続け、現にこれを観ていた時にも現在進行形で起こっていたらしい。

恐いけど、生きてる。
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