Jeffrey

息子の告発のJeffreyのレビュー・感想・評価

息子の告発(1994年製作の映画)
3.5
「息子の告発」

〜最初に一言、東北地方で撮ることによって、大地の感覚を人々にはっきり印象づけた監督の九十年代の秀作の一つ。この作品がVHSのまま取り残されているのが非常にもったいない。息子が告発したのは母親。そして母親の命は…〜

冒頭、中国東北部の小都市。凍てつく冬の朝。一人の若い男が警察署に入っていった。殺人事件の捜査、依頼、十年前に起こった母の殺人、父親殺しの容疑、小学校の校長先生、豆腐屋、不倫、暴力、毒。今、母の死刑が来る日まで…本作は"天国逆行"の原題で一九九四年に嚴浩(イム・ホー)監督が、製作、脚本を務め九十四年の東京国際映画祭(京都大会)にてグランプリ、最優秀監督賞を見事に受賞した母と息子の間にある愛と憎しみに関する物語で、この度廃盤のVHSを何とか手に入れて初鑑賞したが秀作。この作品がいまだにソフト化されてないのが謎である。この監督と言えば日本人を出演させた「キッチン」と言う作品も有名だが(私は未見)、とりわけ香港、中国が合作の本作は多くの人に見てもらいたい。本作は中国安徽省で実際に起こった事件をモデルに描く鮮烈な問題作として当時話題になったそうだ。

今思えば、第四作「ホームカミング」はそれまでの商業映画とー線を画し、香港人の大陸への里帰りと言うテーマに取り組み、香港国際映画祭のあらゆる賞を独占したのが思い出される。それ以後「天菩薩」「レッドダスト」と大陸を舞台に異常な状況に置かれた人々の複雑な心理を描いてきた彼の渾身の力作である。確か「レッドダスト」と九十二年台湾金馬賞作品賞はじめ八部門で受賞していた。本作「息子の告発」もまた舞台は中国。十四歳の時に病死した父の死因に疑惑を抱き続けていた青年が、解放軍を除隊し十年を経て、愛する実の母を殺人容疑で当局に告発すると言う、中国で実際に起こったショッキングな事件を香港の監督が取材を重ねて脚色して人間の魂の根源に迫るテーマを、観客を引き込む語り口で映画化したものになる。事件の特徴を際立たせるために舞台は厳寒の東北地方に移されている。母が経営する豆腐屋の立ち込めるもや、青と白を基調として捉えた風景、油絵を思わせる画面が美しいと当時絶賛されていた。その美しい画面に「青い凧」(残念ながらこちらも中国の名作ながらにVHSのみ)で冴えを見せた大友良英のシンプルかつ優美な音楽が彩りを添える。

どうやら主役の息子を演じたのは台湾の人気スターらしく、歌手としても人気を博していたそうだ。今何しているかわからないが、抑えた演技で甘さと冷たさを見事に表現し、彼の参加はこの映画を成功に導いた大きな原因のーつと絶賛されていたらしい。そして母親役の女優はすでに日本でも「香魂女」「犬と女と刑老人」でよく知られた中国のトップスターである。私も昨日「犬と女と刑老人」を見たばかりですぐに判明できた。そしてカメラマンは「狩り場の掟」「盗馬賊」「青い凧」などの中国第五世代のホウ・ヨン。九十五年正月台北の映画館十数館でメジャー公開され大ヒットとなったそうだ。まぁ、自国の人気スターが主演なのだから当たり前だろう。ところでこの俳優は、私が愛して止まない台湾の映画作家、候孝賢の「風櫃の少年」で、主人公の少年たちが、憧れる青年役で出演していた。ジャッキー・チェン主演の「炎の大捜査線」にも出演していたと思う。ところで、彼の名前トゥオ・ツォンホワの姓のトゥオって、満洲族の名前で、漢族にはない姓らしい。長い前フリはこの辺にして、物語を話していきたいと思う。


さて、物語は中国東北部の小都市。凍てつく冬の朝。若い男が捜査を依頼するために警察署に入っていった。担当の陳課長は話を聞いて衝撃を受けた。彼クワン・チエンが告発したのは、彼自身の母親であったから。十年前に病死した彼の実の父を殺した容疑である。課長は、十年前に起こった事件を捜査することにした。解放軍を退役して鉄工場に努める彼は有能で真面目な性格で、でたらめを言うような男ではなかった。彼は子供時代のことを語った。彼が育ったのは雪深い山村。父は小学校の校長先生、母は自宅で豆腐屋を営み、クワン少年は幼い弟妹と豆腐を売って歩いた。暮らしは決して楽ではなかった。両親が結婚してすぐの頃、母親は離婚を希望したが果たせなかったと言う。小さな村では離婚は恥ずべき事だった。未だこの村では離婚した者はなかった。父は厳格でクワン少年の教育には厳しく、学校をサボったり勉強に熱心でないクワン少年に体罰を加えることもあった。

ある猛吹雪の日、母とクワン少年の二人が乗ったソリが山道で転覆、雪の穴に落ちた二人は営林署で木こりとして働く男に命を救われた。クワン少年の父はその命の恩人の木こりを家に呼んで歓待して、たびたび遊びに来るように招待した。母親と木こりはやがて不倫の関係になった。村中に噂が広がり、母は否定したが不信感を拭い切れない父は母を責め暴力を振った。その後まもなくである。父が夕食の最中に発作を起こし、もがき苦しんで倒れた。入院して、ほどなく退院するが、その晩の食事時、母が父の食事に白い粉をふりかけるのを目撃した。母は調味料だと言った。しかし、母は父の皿からとって食べようとする弟妹をヒステリックに叱りつけた。その直後、父は再び発作を起こして倒れて入院後あっけ亡くなった。母は幼いクワン少年たちを置き去りにして、きこりの下に嫁いだ。成長するにつれ、彼の心の中で母への疑惑は膨らんでいった。

母が振りかけた白い粉は、ヒ素であると確信するに至った。母は父を殺したのだろうか。警察は遺体を掘り起こして検死することにした。クワンは母と全面対決することとなった。検死の結果、父の遺体からは致死に値するヒ素は検出されなかった。クワンは自分の罪の深さに打ち震えながらも喜びが湧いてきた。彼は母親と彼女のふたりめの夫に償おうとする。しかし、その時、新事実が明らかになった…とがっつり説明するとこんな感じで、イム・ホー監督が香港ニューウェーブの底力を見せたー本である。この監督と言えばすでに「ホームカミング」「天菩薩」「レッドダスト」と日本ではいち早く紹介されてきていて、七十五年にロンドン・フィルム・スクールでの留学を終えて香港に戻ってテレビ会で活躍し、カメラ、シナリオ、ディレクターとその才能を存分に発揮した後、一九七八年プロダクション・フィルム・フォース(影力電新公司)をロニー・ユーと設立し「エキストラ」を監督、映画界にデビューしたそうだ。



いゃ〜、今回初見したが、男にとって母親と言うのは特別な存在で、それは中国とて同じことで、どの国共通する情愛の深さだ。そして自分の母親を息子が告発すると言う前代未聞の事柄が起きた結果もその情愛の深さにあるのかもしれない。自分なら告発はしない。そう言い切る中国人も当時少なくなかったと考えられる。この映画で息子を演じた主役(台湾人)もその一人として認識している。どうやらこの作品監督のメイキングフィルムに監修したときに母を告発した本人も登場し、その体験を語っているが、VHSにはそういった特典が収録していないので見れなかった。母を疑いながら、十年以上も悩んできたと現役軍人の彼は言ったそうだ。だが、感情の揺れを全く見せないで冷静な話しぶりには、つい本人の苦悩の表情を期待してしまうこちらの方が驚かされると言っていた。それは、安易な涙を拒否する監督のストイックなまでの演出にもつながる冷たささえ感じさせるとのことだ。

この映画を見るとすごいわかるのだが、中国と言う国は、父親の権威が今も大きく残る国だなと思う。妻は夫へ、子は父親の絶対の服従が求められる時代が、千年以上も続いてきた。その伝統は容易に変わるものではない。家父長によるー族の支配は、そのまま社会に延長され、皇帝を頂点とした巨大な権力を支えてきた。官僚は父母官と呼ばれ、庶民は皇帝の赤子(せきし)とされたとの事である。この映画を通して監督は母親的な感情と父親的な感情に揺れ動く息子の思いが、どちらかと言うと、父の無念をはらしたいがために、母を告発すると言う行為を選んだ分、復讐へと突き進んだと言える。彼の母親はまっとうな人間と言うよりかは、浮気をしてしまう、中国で言う"毒婦"の存在で描かれている。そうすると彼女自身、封建社会の犠牲者として観客は見てとれる。それにしても実際に起きた事件からかなり離れている東北の地で撮影したのは何かあったのだろうか理由が…心情風景を描きたかったのだとすればいいロケーションだとは思う。

にしても、母親役のスーチン・カオワーの日常的仕草を存分に演じているシーンや、さらに毒が盛られているところを、子供が手に触ろうとした瞬間のとっさの仕草など凄まじいものがある。そして警察から決定的な捜査結果を突きつけられたところで、見せる表情など、ただ立っている姿なのにものすごいインパクトを残している。やはりベルリン映画祭を始め四つの映画祭で最優秀主演女優賞受賞しただけの女優である。確か彼女を見てマギー・チャンは圧倒的に芝居を勉強したと言っていたような気がする。確か彼女て、スタンリー・クワン監督の「フルムーン・イン・ニューヨーク」って言う作品で共演してたような気がする。久々にその作品見たいけどこれもうVHSしかないのかなあ…(調べてない)。ところで、本作は、中国映画の審査制度で色々と大変だったそうだ。

本来だったらこの作品に出てくる父親は、映画よりももっと厳しくて、学校サボった時に屋根に吊るしたり、穴を掘らせて生き埋めにしたりしたそうだ。そういった場面を映画に出すと幼児虐待と言われて審査が通らないんじゃないかと思った監督がそこまで激しい描写を控えたそうだ。ちなみにその父親は、次男には優しくしていたそうだが、長男の息子にはそれほど厳しくしていた反面、すごい期待をしていたと言う事柄があるようだ。そして、実際の母親は四人の子供がいたんだけど、それに新しい夫との間にもうー人生まれて、五人いたが、当時の一人っ子政策の中国の制作と違うと言うことで、子供の数を管理している場所があるらしく、そこから抗議が来ると思ったらしく、人数も少なくしたそうだ。そう考えると中国の審査制度っていうのはなかなかすごいものがあるなと思う。だって映画の中だよ。

映画の中で子供の人数を制限しないとダメってどんな表現の不自由な国柄なんだと思わないか…それから、十年前の子供の時に裁判所に息子が行って受け付けてもらえないシーン、授業のない学校の場面、この二つのシーンも裁判所と学校の先生から訴えが来ると思い、映画の審査員が心配していたと言っていた。その理由がが学校教員の場合だと、学校のイメージが崩れるからと言うことで、実際米国の番組などで、身体障害者ひどく扱ったたり、お年寄りを馬鹿にしたりすると抗議が来るので、中国とアメリカが似ているなと監督は当時思ったそうだ。そんで裁判所の場面は、実際に裁判所の人たちは、子供を受け付けないと言う事は無いので、それと反しているためイメージが崩れるとのことだ。両者ともにイメージが大事のようだ。だから監督は中国の審査も通っていたけど基本的にマーケティングを考えた際の国としては、香港を始めヨーロッパ、日本、台湾にこの作品を売ろうとしていたようだ。なぜ韓国がないのかが不思議である…。
Jeffrey

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