人間に限りなく近い人間ならざるものへの生理的嫌悪。いくら言葉が通じても、決して心の通わない本質的なディスコミュニケーションの恐怖。原作の反共、個の喪失というテーマをより深化、普遍化させる実に4度のリメ>>続きを読む
ハッピーハロウィン。
死者との戯れに、夢を捨てて大人になった者たちがかつての童心を思い出すべく一夜。郷愁に帯びる切なさと共に。
あの頃、ぼくらは友達だった。
沈黙は無力だが、かと言って声を上げれば、さらなる反動にさらされるのだからどうしようもない。差別の愚かさ醜さなどとうに言い尽くされているのだから、それでもなお温存され、今やSNSに可視化され、一部過激化>>続きを読む
いずれ漠然とした不安の正体は明かされ、ホラーはサバイバルへと段階を踏む。悪夢は過ぎし、さらなる過酷。地獄のような現実が立ちはだかるのである。
母になる恐怖、父としての無力、そして子供たちの成長に希望>>続きを読む
ジェットコースターにおける『ファイナル・デッドコースター』のように、お化け屋敷に足を踏み入れるなり、もしも、万が一と、頭をよぎる最悪の事態がまさに繰り広げられる──90分の緊張に報いるラストの爽快感。>>続きを読む
このレビューはネタバレを含みます
アート・ザ・クラウン。
吐き気を催すほどの怒りと不快と嫌悪の情動。ひたすらに人を嫌な気持ちにさせることが表現のうちだとでも言うのならば、それはもうたいそう立派な芸術作品なこった。しかしこれほど存在そ>>続きを読む
『ガンズ・アキンボ』の監督作だが、こちらは全くもって趣味が合わず。“ただの”過激なスプラッターと、しょうもないお下劣ジョークには辟易とするばかり。
結局、ジャンル映画ならではの尖った表現よりも、それ>>続きを読む
『マーターズ』の衝撃。あれ以来、トラウマホラーという呼称も軽々しく使えなくなったほど、他の有象無象とは一線を画すパスカル・ロジェの残酷嗜好。その恐ろしくも美しいまでの恍惚の映画体験は、『トールズ』を挟>>続きを読む
移民問題や、アイルランドという土地に暗い影を落とした宗教対立の歴史を念頭に、差別と迫害、その恐怖と憎しみの連鎖構造をゾンビ映画の社会性に浮かび上がらせるメタファーのはずが、文字通りの意味での“パンデミ>>続きを読む
あえて言えば、たんなるホラー映画にあらず。躍進する女性監督によるフェミニズムホラーの一種(という言葉で棲み分けをしてしまっては元も子もないのだが)。ある種の当事者性と、特権性をもってグロテスクなほどの>>続きを読む
転校前夜、悪友たちとの最後の大冒険に永遠の友情を誓うはスタンドバイミー。
動画を撮ることが日常となったデジタルネイティブの、Z世代らしいナラティブに沿ったPOV演出には、星の数ほど存在する『E.T.>>続きを読む
人生は続く、その途方もなさに絶望しながらも、人生は踊る。来週でも明日でもなく今を楽しめ、メメント・モリ。そうして生きよう。
安楽死の法制化を背景にしたブラックコメディかつ、なんと素敵なラブストーリー>>続きを読む
ハイティーン版『IT/イット』といった趣きのジュブナイルホラー。
さすがのデル・トロ企画、クリーチャーの特殊造形には毎度、驚かされるものの、あの『ジェーン・ドウの解剖』の監督作とは思えない弛緩しきった>>続きを読む
あの時、こうしていればよかった、しかしどうすることもできなかった運命への後悔と絶望。繰り返される悪夢にループ物の本質を描き切る。ホラーであると同時に、生きるも死ぬも地獄の苦しみからの救済を願う、再生の>>続きを読む
レトロなデザイン、水のイメージ、内省的な内宇宙への潜水とタルコフスキーとの相似を数えるも、クレール・ドニのSF映画はむしろそれとは真逆の即物的な猥雑さに舵を切る。なんとも居心地の悪いセクシュアルな映像>>続きを読む
古き良きスプラッターを思わせる血飛沫や、クリーチャーそのものの造形美もさることながら、90分でどこまで行けるか、奈落の地獄絵図から死を超越した恍惚のヴィジョンにまで辿り着くコズミックホラーのあまりのス>>続きを読む
これは良い悪趣味。容赦ないゴア描写にもユーモアあふれるスラッシャー映画。得体の知れない殺人集団もそのアニマルマスクを剥ぎ取れば、途端に狩る狩られるの立場は逆転。ホラーは怒涛のサバイバルアクションに様変>>続きを読む
芸術家とミューズという歪な関係性からしてそんなロマンスに孕んだ悲劇性。虚構と現実。女のために生きる男と、人生を生きる女の真実を皮肉にも、辛辣にも明かしてみせる百年の恋の結末。
“ぼくにはすべて、きみ>>続きを読む
半世紀経って、米ソ冷戦期に乗り越えたはずの「核戦争」の危機と再び対峙しなければならないとは。命を賭して世界を救ったかつての英雄たちは何を思うだろうか。あるいは祖国に忠誠を誓う──祖国とは、一体誰の何の>>続きを読む
悔いなき人生など叶い得ないなら、やらない後悔よりやった後悔。傷つくことを恐れず挑戦する者に、きっと天使は微笑む。ケ・セラ・セラ。
ハッピーエンドのその先。完璧な三部作のその後にも、語るべきものを語るピクサーの意志と創造の力に感服する。当初の懸念を見事に払拭する、真の完結と称するに相応しい傑作。もしかしたらシリーズ最高の一作を見た>>続きを読む
ある世界の片隅に、少女たちの奪われし青春を第三次世界大戦勃発の近未来像に描く。風光明媚なイギリスの片田舎に死の灰が降りそそぐ。みずみずしいラブストーリーが惨たらしい戦禍で染まる。改めて、反戦への思いは>>続きを読む
完全封鎖のオフィスビルで、“社畜ゾンビ”の無礼講!目指すは最上階の社長室……ってなにこれさっきも見た気がする、デジャヴ。
ストレスは万病の元。ストレス社会にウイルス時代の到来を予見するかのようなこの>>続きを読む
完全封鎖のオフィスビル。カフェイン中毒でキマりまくった社畜ゾンビの群れから生き延びろ!
"Quiet Quitting"
現代はストレス社会の攻略法のようなもの。
このレビューはネタバレを含みます
人々は眠り、まだ青白い空に鳥たちの鳴く夜明け前。誰もいない町の冷たく澄んだ空気と静寂がたまらなく好きだ。だからたとえ不謹慎でも、ロックダウン下のニューヨーク、パリ、そして東京の風景にはわくわくしたし、>>続きを読む
テーマ曲「コーリング・ユー」の異国情緒に尽きる。砂漠のオアシス。浮き世を離れ、しばしの桃源郷に永遠を見るマジカルなビジョンが、傷つき疲れ果てた旅人たちの心を癒す。フェリーニ的幻想を想起するのはジャスミ>>続きを読む
人間は考える“アホ”である。
自由の愚かさを行使してこその文明社会に逆行する、潔癖症的な管理社会への欲望。その愚行権を放棄し、自らの尊厳を失ってまでも均一なユートピア≒ディストピアを享受したがる人間>>続きを読む
不公平に抗う犯罪行為への同情、あるいは正義への共感。物語はしばしば大局を見落とし当事者性に寄り添う。そうあるべきものと思う。
モーガン・フリーマン、マイケル・ケイン、アラン・アーキン、おまけにクリス>>続きを読む
臨死実験という自殺的行為に魅せられる甘美なる浮遊感と、蘇る罪悪感。いずれにせよ過去の記憶の再構成に過ぎない夢的な想像力の域を出ない。生と死の狭間に神秘性を窺わせるジョエル・シューマカー版に対し、単なる>>続きを読む
自由がないということの哀しみ、それ以上のおぞましさを感じさせる、もはやある種のホラー。イラン革命以後のイスラム共和制にのみあらず、抑圧的な“習慣”がすでに根付いた市民の相互監視に、囚われの身の女性たち>>続きを読む
リチャード・マシスン同原作、ウィル・スミス版『アイ・アム・レジェンド』のようなサバイバルホラーを期待するとやや肩透かしを食らう。60年代のカウンターカルチャー、公民権運動の流れを汲み、文明批判を滲ませ>>続きを読む
ラクーンシティを舞台にゾンビホラーとしての原点回帰を図る。そこかしこに散らばる原作モチーフ。アイテムからカメラワーク、銃の発砲音やアンデッドの硬さ加減にまでリスペクトを込めた“再現”を施す。まるでゲー>>続きを読む
リチャード・マシスン原作。
“平和な町に隠された暗部”を掘り起こすケヴィン・ベーコンの一心不乱な狂気。シュールな催眠表現に、あるいはツインピークスの残響。
そんなにぶっ飛んでもない、普通にブラックスプロイテーションなのもそのはず、サン・ラーの〜と銘打つも監督のみ別人の罠。結局、ライブシーンが一番ヤバイのはその〈主演〉と〈音楽〉に多くを依拠し、映像的なアヴ>>続きを読む
信頼できない語り手。
羅生門的なそれ。
これにてようやく、ジョー・ダンテの『ザ・ホール』、ディズニー映画の『穴/HOLES』、そしてソーラ・バーチの『穴』と記憶が整理される。さすがにジャック・ベッケ>>続きを読む
天才の所業。退屈なショットがほぼ皆無。冒頭の長回しからずっと、フィルムノワールの深い陰影に映画的快楽を持続する。シリアスかつユーモラスに、そして哀愁漂う娯楽映画としてその偉業。
この美的感覚に類例を>>続きを読む