櫻さんの映画レビュー・感想・評価

櫻

映画(862)
ドラマ(15)

ストレンジャー・ザン・パラダイス(1984年製作の映画)

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僕らの変わらぬ日常は、まるで空っぽのピーナッツの瓶みたいだ。何にもないようなのに、なぜだか愛着が湧いてしまう。同じような繰り返しの毎日でも少しずつ違ってて、その少しが積み重なる。はじめは溜息をつきなが>>続きを読む

鏡の中にある如く(1961年製作の映画)

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白と黒は互いをうつしあって輪郭をぼんやりとさせて、つめたく静かに物語る。血の繋がりある娘を、自らの生業の種として観察してしまう父。あらゆる音に過敏に反応し、壁のむこうの何かをひとり信じている娘。その弟>>続きを読む

タナー・ホール 胸騒ぎの誘惑(2009年製作の映画)

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鳥籠から飛び立っていくインコ。足元にはテントウムシ。幼い頃のいつかの記憶。あの頃から随分と時間が経って、少女と大人の狭間に立っている。光があれば闇があるみたいに心にも闇を宿して、どこか心はゆらゆらと不>>続きを読む

ミスター・ロンリー(2007年製作の映画)

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海の色が溶けたみたいな空の色。ふわっと祈りとともに浮かぶ生と死。毎朝蘇る星が青の裏でひそかに光りながら、夜の闇を待ち焦がれる。たったひとりの僕を照らしてくれるのは、朝と夜のどれでもなくて、哀しく彷徨っ>>続きを読む

好男好女(1995年製作の映画)

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現代の彼女。嵐のような激動の時代を生きた彼女。カメラを通して繋がる、ふたりの女、ふたつの寂寥。

あなたに出会って孤独を知ったの。あなたがいない今は、世界がすべて灰色に変わった。いつかの日記のFAXが
>>続きを読む

スプリング・フィーバー(2009年製作の映画)

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花はいつか散っていくからうつくしいのでしょう。でも、散ってしまえば踏まれてしまう。踏み潰された花びらは、見るに耐えないくらい崩れてぼろぼろだ。それでも君は、うつくしいと思えるのか。ほんの一瞬、人目につ>>続きを読む

ブラインド・マッサージ(2014年製作の映画)

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見えないからこそ、力強く手を伸ばせるのかもしれない。見えないからこそ、自分が大切にしている何かを、自らを投げ打ってでもこんなにがむしゃらに守ろうとすることができたのかもしれない。これは大きな偏見の入っ>>続きを読む

ハローグッバイ(2016年製作の映画)

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私にもこんなひとさじの、あの子と私だけが知る、秘密の出来事がほしかった。教室は丸くなって楽しそうに語らう声や笑い声で溢れているくせに、どこかぴんとした緊張感があって、もしも誰かが何か突飛なことをしたら>>続きを読む

青春残酷物語(1960年製作の映画)

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若さとは怒りである。そして、ただただ止まることのない疾走だ。不器用さは焦燥に還元され、ゆきずりの愛を振り落としながらも傷だらけで抱えていた。世の中への不満も束になって訴えず煮え切らないまま、たしかにそ>>続きを読む

ユキとニナ(2009年製作の映画)

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はじまりはいつも終わりを後ろに連れてきていて、ゆっくりと砂時計が落ちていく速度で、終わりに進んでいく。ユキはよく澄んだ泉のような瞳で、愛の終焉を見つめている。大人になったらわかるだろうその無常さを、幼>>続きを読む

洲崎パラダイス 赤信号(1956年製作の映画)

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パラダイスと掲げられたネオンの下で、哀愁を身につけて生きる人の影は、哀しみの分だけ陰影が濃い。車の行き交う橋の上。どこにも行くあてのない男と女。川だって子どもの声が響いては、少しずつ流れていこうとする>>続きを読む

晩春(1949年製作の映画)

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さざなみの音がかすかに聞こえてくる頃、ふたつの春が生まれ、ふたりを迎える準備ができあがる。終焉とはじまりは、結構同時にやってくるらしい。父と娘が長い間ともに過ごした日々は、他の誰かが感じられないふたり>>続きを読む

ラ・ジュテ(1962年製作の映画)

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荒廃した現在を眠るようにして生きる。膨らませばその分だけ広がっていく想像力は、自由に穴をすりぬけていくから、過去にも未来にも壊されない。いつかのまま残された影のように、こちらを見つめて静止する顔。柔ら>>続きを読む

知らない、ふたり(2016年製作の映画)

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視線は暗闇でもはっきりと、その姿が光の中へと入っていくのを捉える。あなたのことをどれほど知ることができたら、この想いを伝えることができるだろうか。あなたの全てを知ることができないから、いつも優しさは間>>続きを読む

ふたりの人魚(2000年製作の映画)

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零れおちたあの子の涙は鱗になって、彼の心に貼りついたまま剥がれない。ネオンは煌びやかにぼやけるだけで簡単に実像を映さず、汚れた川みたいな街をその脚は彷徨う。おわりに向かえない序章はどこを走っていっただ>>続きを読む

愛と哀しみのボレロ(1981年製作の映画)

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まるでいくつもの人生を織りあげてできた壮大でうつくしい布のよう。どこにいても日常はそこにあって、時に見つめあって愛を語り、時に夢を諦め、誰もが歳を重ねて生きていく。愛ある人たちが別離を余儀なくせざるを>>続きを読む

救いの接吻(1989年製作の映画)

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悩ましげに俯く彼らを見ていたら、私たちは誰といてもひとりぼっちなのだな、と思わずにいられなかった。窓は開いたり閉まったりしながら、ひとりがふたりになっていく。そこにやがて芽生える愛という言葉が示す、熱>>続きを読む

ギターはもう聞こえない(1991年製作の映画)

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過去の記憶に光をあてて、輝きをはなっていたはずの日々を追憶する。そこに実在するふたりの間にはたしかに愛があるのだと信じているのに、言葉はあまりにもまっすぐに通過するばかりで届かない。行ったり来たりを繰>>続きを読む

お茶漬の味(1952年製作の映画)

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形として結び目はあれど、どこか結ばれていなかった糸が、しずかにやっと交わったような静かな夜。あたたかくてささやかな味を、ふたりですすりながら、涙した。誰かと生きていくことは、めんどくさくて、時に遠くに>>続きを読む

汚れた血(1986年製作の映画)

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「君に言いたい。君とすれ違ってしまったら、世界全体とすれ違うことになる。」

愛は僕らを走らせるけど、いっこうに手のひらで、その感触を掴ませてはくれない。爆発さえも厭わないほどにひとつを見つめ、死に似
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ママと娼婦(1973年製作の映画)

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おそらく心と肉体が離れたがっているのだと思う。心はあなたたちといたい。肉体はあなたと繋がっていたい。どれだけ言葉を尽くしても、いちばん欲しいものは手に入らず、ただそこにあるわかりやすい体温や欲情を掴み>>続きを読む

サンタクロースの眼は青い(1965年製作の映画)

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何かほしいもののために労働するのって、いちばん純粋な動機だよな。流行りのダッフルコートがほしい、と序盤は本屋の万引き品を転売するも、ひょんなことからサンタクロースのアルバイトに行きつく(よかったね)。>>続きを読む

わるい仲間(1963年製作の映画)

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男ふたりが街を歩きながら、女の子たちに声をかけてまわる。どこにいっても、今ひとつうまく理想になりきれない。だけど、ネクタイは締めるし、財布は盗んでも返しにいこうと思い直しちゃう。そんな憎めない、わるく>>続きを読む

人のセックスを笑うな(2007年製作の映画)

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こんなのがどこかでたくさんうまれているんだろう。いつも気づかないうちにはじまっている。誰かひとりにむけて胸を焦がすような、ひとりでに泣きだしたくなるような、それでもやっぱりくすぐったくて笑っちゃうよう>>続きを読む

ぼくの小さな恋人たち(1974年製作の映画)

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金色の日光は、草に落ちて風に揺れている。大人の真似ごとみたいに手を伸ばした。柔らかな髪と頰。あたたかな肌と唇。思い描いていたのとはどこか違う。満たされぬ性への憧憬。しずかに膨れ上がる空虚さ。やりきれな>>続きを読む

ハッピーエンド(2017年製作の映画)

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遠くから見ると青く透き通っている海も、近くで見ると濁りながら渦をまいている。人も微笑みながら手招きをしていても、ほんとうのところはがらんどうの闇のようだ。からっぽのまま放つ言葉は、意味がほぼ無に近くな>>続きを読む

荒野にて(2017年製作の映画)

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ほんとうのことほど、今この時って時には、そのほんとうが現実すぎる故に言うことができないものだ。言わないことで、自分を立てているものを保ちながら、壊れそうになりながらも、壊れることなく生きていけるってこ>>続きを読む

ペタル ダンス(2012年製作の映画)

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祈るようにあげた手の指先。空はよどんで灰色のまま、たかくたかく背伸びしている。風は髪の毛をなびかせるくらい強くて、頰をほのかに赤く染めさせる。

目に見えるものってどんなもの?あなたの目に見えてるもの
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芳華-Youth-(2017年製作の映画)

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あの頃の私たちは、プールの水面が日光に煌めく隣で、何でもない日常の一幕のように語りあっては笑い、汗だくになって歌い踊った。時代はせわしなく蠢いていて、そんな普通の日常なんて散っていってしまうほど、戦火>>続きを読む

怒りのキューバ(1964年製作の映画)

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圧倒的な映像を前にして、なんだかくらくらしてきた。モノクロームが色鮮やかに見えたし、せわしないカメラはどこまでも異質なのに、撮影してるというよりも踊っているようだった。自由か死か。その手に握られた白い>>続きを読む

愛がなんだ(2018年製作の映画)

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テルコは側からみたら、みっともなくて痛々しくてどうしようもなく映るだろう。こんなに報われなくて、どうしてたったひとりに突き進めるのかと。意中の相手にはまた想い人がいて、当たりまえに自分の前で胸中のもや>>続きを読む

レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ(1989年製作の映画)

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やさしいのだか、厳しいのだか、わからない世界。きっとどちらかではなくて、どちらもあるのが世界なのだと、夕闇を走る車は語る。主張のつよいちょび髭みたいなモヒカン男たちは、寡黙でいてユーモラス。小刻みに揺>>続きを読む

サンザシの樹の下で(2010年製作の映画)

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わたしが夜道を歩くとき、空の月を見上げる。いつもやさしく微笑みながら見ていてくれた、あなたのことを思い出すから。どこからか風が吹いてくると、白い花のかおりが鼻を通りぬけていく。水底で今も透きとおるよう>>続きを読む

あした晴れるか(1960年製作の映画)

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青果市場のセリの掛け声が高々と聞こえたかと思えば、オート三輪の荷台に乗ってびゅーっと会社へ向かう。だってこれがいちばん早いんだ、と飛び出したのは、東京の街を撮影する新進気鋭の若手カメラマン。そのアシス>>続きを読む

ブルー・バタフライ(2014年製作の映画)

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色をうしなった世界で、時が止まったように存在する廃墟。風や雨によって削られ、崩壊していった。それでも尚、しゃんと立っているのは、きっと日差しが少しだけあたたかいからで、あとは全て痛いほどなのにどうして>>続きを読む

麦秋(1951年製作の映画)

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黄金色の麦はもうすっかり伸び、太陽の下で誰かを待ちながらゆれている。もうすぐここから旅立つのだと、心のどこかでぼんやり思いながら、しずかに煌めき、これからくる夏の方をむく。

親は子と、子は親と、いつ
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