原作の登場人物にキャスティングが見事にハマった好例。
ガープとヘレンの馴れ初めで、ヘレンが読み耽っていた本がジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』だったが、原作者のアーヴィングはこのジョイスが大嫌いで、>>続きを読む
音楽少なめで助かる。レスリー・チャンは養子だと分かる前は幸せだったと言ってるが、子どもかよ。この甘ったれの感覚が王監督の作品には必ずあって、スタイリッシュな映像美とか言う前にどうにかしろよと思うが、こ>>続きを読む
ジェーン・バーキンのファンであることをいったん留保することにするわ。
王監督の音楽の使い方は鬱陶しい。『恋する惑星』では「夢のカリフォルニア」を一生分聞かされたが、本作でもテーマ曲がしつこく鳴っている。関係性の広がりや展開がないために、イメージショットや思わせぶりな表情>>続きを読む
昭和懐かしさで観た。評価が低いけど、良作だと思う。ライティングが素晴らしい。監督は朝間義隆だけど山田組の仕事だ。「男はつらいよ」のあの見事な照明技術が、本作の広い練習場で駆使されると、驚くほど映画的階>>続きを読む
昭和懐かしさで観た。ひと言だけ。劇伴が鬱陶しい。この時代はこれが普通だったかもしれないが、「さぁ、おセンチな気分になってねー、お涙頂戴いたしますよー」としか聞こえない。
ミルピエのドキュメンタリーはダメダメだったが、バレエダンサーを目指す少年少女たちの奮闘ぶりを描いたこの作品は面白かった。バレエってほんと全身纏足なんだなと思う。実際にそれらしき器具が各種ある。バレエの>>続きを読む
バレエの最高峰「パリ・オペラ座」の旧態依然とした伝統に挑むアメリカ帰りの改革者といえば、なんとなくカッコいいと思うかも知れないが、そうは思わなかった。まず、ミルピエの改革者としてのオペラ座批判を撮るの>>続きを読む
冒頭のマーロン・ブランドが高架下で咆哮する姿は私にとってまさに「映画的」と呼んでいるものだ。あの絶望感と哀愁はブランドが染めた金髪とキャメルのチェスターコートのエレガントさで完璧な絵となっていた。この>>続きを読む
バレエダンサーの尋常ならざる身体づくりと動きは同時に身体を破壊するものであるという意味で相撲力士と似ている。妊娠出産と身体破壊のせめぎ合い、どちらも手に入れる稀有な例。
第二楽章スケルツォ!これほど身体を動かすことに楽しさと面白さが湧いてくるバレエの振り付けなんて他にないだろう。第二楽章の振り付けがあまりにも傑出しているので、他の楽章の振り付けが霞んでしまっているのは>>続きを読む
黒澤の恐竜化のなれの果て。本人もこれでもう懲りただろう。もうひと言。かつては左卜全、沢村いき雄、加東大介、千秋実みたいなコメディリリーフがいたので、黒澤の深刻さや鹿爪さが緩和されていたのだが、本作では>>続きを読む
カンヌでは「困惑と失望」の声が上がったそうだが、私も大島渚がこの映画を撮る真意は何だったんだろうと思う。映画のトーンはブニュエル的で嫌いではないのだが、「そうだこれは大島渚の映画だったな」と何度か思い>>続きを読む
妻との意見の相違、台湾人社員との意見の相違、それを遠藤憲一は「水掛け論だから」で終わらせる。水掛け論=無意味または時間の無駄、これが彼の思考パターンで、議論を重ねることで物事を止揚させたり、妥協点を見>>続きを読む
初めに「こちらあみ子」との比較。あみ子の役柄は発達障害者で、本当にそういう子を出演させたのかと思うほどリアルだった。ということは、あみ子役の少女の演技が上手かったということになる。監督の演技指導の成果>>続きを読む
傑作。この手の演出を恥ずかしげもなく呼吸をするようにやれた森田芳光こそ「日本のゴダール」だと思う。それぐらい「うわぁ、それやるの?」と「なに今の?」の感覚が冴えている。全身VANブランドに身を包んだ真>>続きを読む
神代辰巳はなんで日活ロマンポルノ以外はダメなんだろう。まず言えるのは、テンポが悪くなる。ポルノの尺の縛りが神代映画の編集に良い効果を与えていたんだろうなあ。次に言えるのは、ポルノの無名俳優にはクセがあ>>続きを読む
傑作。原題は「家族の団欒」、邦題は『すばらしきわが家』となっているが、内容からしてタル・ベーラならまぁそうなるだろう。小さなアパートの一室に11人で暮らし、しかもいわくつきの人間が4人もいて、すべて性>>続きを読む
80年代後半の香港に入る広九直通列車はもっと中国大陸的火车だった。マクドナルドでバイトしているマギー・チャンは大陸から出てきたばかりの大陸的小姐感がよく出ていて、それがどんどん垢抜けていくのに対して、>>続きを読む
「ゾンビ」と「エイリアン」。よっぽど夜中に自転車をこいでいる少年の方が怖い。
レイ・デイヴィス似のヤーノシュがソ連で、薬師丸ひろ子似のユリがグヤーシュ社会主義のハンガリーというメタファーであれば、ヤーノシュはユリが自分の思い通りにならないことに手を焼きイライラさせられているが暴>>続きを読む
ヤン・フス以前のチェコなのだろう、カトリックがおぞましく、司教が酷すぎる。そりゃ宗教改革も起こるわな。
アップまたはバストショットの室内ドリー撮影の多用で、閉塞感と緊張感がハンパない。さらにカタやアンナをはじめとするハンガリー人の無表情(演出なのかデフォルトなのか)が冬の寒々とした風景と同じように重なる>>続きを読む
初メーサローシュ作品。チェロ弾き男と再会する前までのカメラワークが凄い。やけくそのように室内ドリー撮影をやっている!被写体を追っての横移動はもちろん、ズームを使わずに被写体に寄ったり引いたりの縦移動も>>続きを読む
アリバイ作りはマメなんだが、殺しの後もボルサリーノとトレンチコートはなぜなんだ?殺し屋はスパイと同じで目立つのはご法度。メルヴィルは「武士道とは死ぬことと見つけたり」の本来の意味を取り違えている可能性>>続きを読む
ここで皆さんが言っているとおりです。それ以外なら、イヴ・モンタンが雑木林で射撃訓練する時のタートルネックとカーディガンのコーディネートがオシャレすぎる。この人、「恋をしましょう」のカーディガンもオシャ>>続きを読む
週四で歩いている界隈が舞台になっていて、ありがちな観光目線をほぼ排除して撮られているのが好感。「慶州」にもあったが、ロウソクの火を消すことはチャン・リュルのこだわりなんだね。
アジア人だらけのフラメンコバーを脇に置けば、レストランやバーでの男性客たちを、当然エキストラなのだが、モデルレベルで揃えている。なんなんだ?フェルナンド・レイの執事役、キャロル・ブーケにきつくあたる支>>続きを読む
トリュフォーの映画には似たような「きれいなおっぱい」が良く出てくる。「ピアニストを撃て」「夜霧の恋人たち」そして本作。形の良い円錐形、メラニン色素の薄い乳輪が惜しげもなくあらわになる、きまってベッドの>>続きを読む
ブニュエルの呆れ声が聞こえてくる。「おいおい、カメラ回ってんだから演技すんの忘れんなよ。1分半も回してんだぞ。ええい、仕方ない、これ使うしかねえな」。
冒頭の馬車に乗って画面奥からやって来るながーいワ>>続きを読む
私立探偵が日本でこんなことをやっていたら、一発で営業停止処分を受けて、銃刀法違反で現行犯逮捕されるんだろうなみたいなことを想像しながら見る分には面白い。それとランプリングがスカートの足をなんども組むと>>続きを読む
カントの道徳哲学を思い出す。「人間を単なる手段としてではなく、同時に目的として扱わなければならない」、簡単に言えば「他人を道具として利用するな」ってことだ。若い主人公のマギーは、リスペクトしているアー>>続きを読む
ライオネル・スタンダー、彼のアメリカ人俳優ならではの存在感はすっごく大きい。リチャードが鶏小屋を壊すと、あちこちで鶏と海鳥でうろちょろして、後のコメディ的様相を盛り立てる。訪問客に若い二人連れをプラス>>続きを読む
夫のオトナ気なさが緊張とドラマを作る仕掛けになっているのだけど、なんでそこまで執拗にやるのかが不明すぎて。単なるサディストなのか?だったら妻はヨットに乗らないように男子学生に忠告するだろうし、そもそも>>続きを読む