戯画化された芸術家肌の映画監督かつ自己憐憫的なアサイヤスの自画像を見事に客体化したヴァンサン・マケーニュが素晴らしい。映像面ではep7のアメリカの夜多様の劇中リメイク作と『レ・ヴァンピール』のモンター>>続きを読む
水を張り始めたプールを自転車で走る水橋研二は劇中で繰り返される「魚になる」を体現するようだが、それも水で満たされるまでのつかの間の運動に過ぎないというこのドラマを象徴するかのようなラストに感動。モラト>>続きを読む
黒沢清の5話のみ観た。
黒沢清は『チェンジリング』のパンフレットで「イーストウッドは小津に近づいている」と書いていたが、そのことをふと思い出した。イーストウッド的ストレンジャーを演じるユースケ・サン>>続きを読む
第1話、レントゲン写真というあからさまな隠喩と筋肉が写ってないという自己言及的なセリフはピースメイカーの内側、つまりクリストファー・スミスの内面を掘り下げるという宣言。また白人を殺す割合を増やすという>>続きを読む
Netflixのミニシリーズで重要なのはまず脚本なんだということがよくわかる。
存在自体に亀裂が入ったかのような唐田えりかの顔を斜めに走る血の筋のおそろしさ。「顔に化粧をほどこすのは、身を生きながら死んだ肉体として示すためであった。」(『明るい部屋』)とロラン・バルトは演劇と「死>>続きを読む
呪いと犯罪の平成年代記。第5話の石井隆映画のヒロインを思い出させる里々佳が迎える顛末、第6話は清水崇『輪廻』の時間軸の交錯をふまえた恐怖の連鎖が描かれる。