並走する電車のように、人と人とが一瞬だけ重なり合う「親密さ」を、偶然と会話、そして流れる時間そのもので捉えた映画です。
演劇の稽古と上演をめぐる前半と後半で大きく様相を変えながら、濱口監督が後の作品>>続きを読む
戦争の加害者側に立った兵士のPTSDと戦後の苦悩という重要な主題を、「野火」「ほかげ」にも通ずる塚本晋也らしい身体的・感覚的な映像によって強烈に描いた作品です。
ベトナム戦争という強い題材を、強い映>>続きを読む
韓国人写真家と日本人の青年を軸に、「撮る/撮られる」「見る/見られる」という関係を描いている映画です。
個人的には、後年の濱口作品ほど完成されたThe 濱口映画という印象ではない一方、むしろその不均>>続きを読む
本作では、複数の時間や現実の層が、同じ空間の中に何層も重なっています。
単純な「過去→現在→未来」という線状の時間軸に、前世の記憶、精霊、夢、伝承、さらには別の「現在」とも呼べる現実が侵入し、複雑な>>続きを読む
同じ2人の俳優を使いながら、3つの時代ごとに映画文法そのものが変化しています。それでいて作品全体の統一感は保たれており、一貫して2人が過ごす空間と、その中で生まれる距離を描いています。
「恋愛夢」の>>続きを読む
「山下敦弘傑作短編集」の中では1番映画的にまとまっていて、コメディタッチで面白いと思います。
「どんてん生活」などの監督代表作よりも「鬼畜大宴会」に雰囲気は近いかと思います。監督ならではの創意工夫が様々な箇所に見られます。
80年代西海岸への憧れが込められた、きらめく時代の爽やかな空気。それを、音楽や小道具、車の一つひとつにまで息づかせ、見事に再現しています。エンタメ映画として充分に楽しめる作品です。
Larry Le>>続きを読む
悪がイヴォンの内面から直接生じるのではなく、他者の行為や偶然の連鎖によって増殖していく様子を、洗練されたショットの編集と音によって描き出した素晴らしい映画です。
感動的・説明的なセリフや演技、音楽な>>続きを読む
表情よりも、手の動きが雄弁に心情を語る映画です。
ブレッソンは冒頭で本作を、「スリという許されざる冒険に駆られてしまった若者の悪夢を、映像と音で描こうとする試み」と述べています。
その記述通り、本作>>続きを読む
恐怖の対象は本当に魔女そのものなのでしょうか。
本作の画面は古典的なカメラワークから大きく逸脱しています。身体運動に伴う激しい手ブレや長い沈黙、不安定な構図、そして夜間撮影の極端な視野の狭さ。本来なら>>続きを読む
イリアスやアエネーイスを元にしたスペクタクル映画ですが、神々は殆ど登場せず、ヒューマンドラマが中心です。
エンタメ映画としては充分に楽しめます。
スコセッシ監督は、信仰と現実の対立に正面から向き合ってきた人物と言えます。
神の使命を選ぶのか、それとも人間としての幸福を選ぶのか。パゾリーニが描いた聖書に忠実なイエスと違い、スコセッシの描く人間味溢>>続きを読む
自分が何者であり、本当は何を望んでいるのか。それを知るための旅路こそが「ストーカー」の核心なのではないでしょうか。
映画にしかできない芸術表現の1つは、時間の流れそのものを記録し、鑑賞者に経験させら>>続きを読む
冒頭の街路→商家→人間へと横移動していく場面が印象的です。空間的な距離を保ちながら人物を捉える、溝口監督独特の演出がよく表れています。
溝口作品には、画面全体を使って人物の身体や人間関係の変化を描く印>>続きを読む
劇的な展開は何もありません。登場人物は皆何者でもなく、結局何者にもならぬままエンドロールを迎えます。まさに「どんてん」の生活模様です。
実際の彼らには現実を破壊したい願望や幸福になりたい願望があるこ>>続きを読む
西部劇の神話的な英雄は、ラストシーンで扉が閉ざされた瞬間、西部劇の中心からも消滅してしまったのかもしれません。
イーサンはまさに古典的な英雄の外形を備えています。彼の活躍によってコマンチ族の野営は掃>>続きを読む
海のように単調で淡白で、それでも感動が打ち寄せる映画です。
毎日海へ通ってサーフィンの練習をする男とそれを見守る女。固定された画面とロングテイク、時々挿し込まれる久石譲の音楽、潮騒。言葉は無く、表情も>>続きを読む
同じ都市空間を共有しながら、心は隔絶された人々。それを象徴する窓と翻るカーテン。壁に貼られた写真が、徐々に現実を変容させてゆく。
非常に実験的かつ美しいプロットと詩的な映像の作品です。写真や小説によっ>>続きを読む
砂漠とは本来ならば文明とは対極にある環境です。しかし、物語は工業地帯の只中で展開されます。砂漠とは、生命の気配を失った都市のことを言うのか、あるいは他の人間と繋がれなくなってしまったジュリアーナの荒廃>>続きを読む