dieBananaSuki

Yes!プリキュア5 GoGo!のdieBananaSukiのネタバレレビュー・内容・結末

Yes!プリキュア5 GoGo!(2008年製作のアニメ)
4.7

このレビューはネタバレを含みます

まとまりを欠いた感想になっていることを留意していただければと思います

好きではあるけど、イマイチな部分も多い作品ではある。
本作は、想いがテーマとなっている。
種を植えて想いをめいっぱい注いで育てること=夢を叶えることとそのために努力することの大切さが語られる。その想いの結実として薔薇となる。私たちの命は薔薇である。生まれた時から想いをめいっぱい注がれて育った薔薇。ここから私たちの命の美しさ、尊さが導かれる。それは奇跡、つまり青い薔薇である。そしてその注がれた想いは何よりも大切なものだ。私たちの中で永遠不滅にあり続けるし、それは時間も空間も超えて届くものだ。その想いを受け取って私たちは自分たちの手で薔薇を育てていくことになる。それがちょうどのぞみたちが夢を叶えるために努力することと重なる。
なので私たち(主に対象となるのは児童だろうね)は本作を観て種を、想いを受け取ることになる。そういう子どもたちへの祈りに満ちているのが私は好きだ。形に残る定量的な価値のあるものと、形はないが価値のある想いの対比を、エターナルとプリキュアとの対比を通じてこの主題が描かれる。
そこに関しては正しく児童向けであり、そういうポジティブさが好きだし、私が今になってプリキュアと児童文学にハマり出したのもこういうのがみたいからだ。

だが冒頭でも述べた通り、イマイチな部分もある。それは緩いところが多いことだ。想いという主題を描こうとしていることが明確にわかるのは23話以降だし、種という重要なアイテム(及びそれに託された意味)も終盤の3話くらいで出てきている(ここでは一旦ミルクが育てた種というのとは区別しておいていただきたい)。また虚無な回が多いことも緩さを感じる要因のひとつだ。20話くらいまでは個人的に虚無な回が多い印象で、20話以降からようやく面白くなりだすように思う(名探偵こまちの回は別、めちゃくちゃ面白かったので)。この虚無回はのぞみたちの絡みの薄さ、やりとりの面白みの薄さが原因だろう。特にプリキュア5の時点でキャラクターについては描いているので余計なことをせずただ楽しげなやり取りをすればいいのだが、それができている回が少ない。この傾向は26話が顕著だろう。うららのお仕事ものでのてんやわんやはなし、それぞれがバラバラに行動するなど完全に良く無いことが表面化した虚無回だと言える。これは、9話や27話の肝試し回やファイブdeチャンス回などきちんと面白い回があるからこそ余計に悪目立ちしている。
あと個人的には30話が好きで、かぐや姫の話と、ココたちと別れゆく運命にあるのぞみが重ね合わされていて、そこに空間を超えて伝わる想いの展開を入れていて大変できの良い回だと思うのだが、結局ココとのぞみたちはお別れせず終いだったのでこの積み重ねは無に帰している。こういうところが緩さという言葉で私が言いたいことだ。

でもやっぱり嫌いになれないのは端的に言ってのぞみたちが好きだからだし、活躍が見たいからだし、その前向きさに救われる部分があるからだ。彼女たちの活躍は確かに想いとして私の中に息づいていると思う。文句を垂れはしたが見終わると寂しいものがある。

機を見てプリキュア5と5GOGOを見返そう。元気がなくなった時は彼女たちの姿に勇気をもらえるから。作中でブンビーさんが言っていたように、プリキュア5にはひたむきさがあるから。