しいなず

【推しの子】のしいなずのネタバレレビュー・内容・結末

【推しの子】(2023年製作のアニメ)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

今作は賛否両論の評価があるというのを前提に視聴しておいて、かえって良かったと思う作品だった。神作画と反したストーリーの出来にひどいショックを受けることはなかった。しかし作画がいいばっかりに、そう言わなければならないのは残念だ、遺憾だ、と思っている。
『チェンソーマン』といい今作といい、作画がいいからってストーリーや演出がいいとは限らない作品が多くなってきているのは、いちアニメファンとして悲しいものがある。(チェンソーマンは珍しくアニメの前に漫画を先に読んでいたが、演出があまり映えない感じがした)
作画崩壊がファンにネット上で揶揄されたり責められたりすることがアニメ業界全体にとって十分トラウマになってしまい、2020年代アニメは神作画を意識した作品が多いのかもしれない。
しかし作画をいくらきれいにとりつくろったところで、話そのものが面白くなかったり、芯がなければ(いくらアニメ化プロジェクトが発足するほどに原作が売上をあげていたとしても)ナンセンスになってしまうのだな、と私はこのアニメで再認識させられた。

私は配信サービスを使うようになってから、アニメというものはいちいち毎週追わずに一気見することが多くなった。
一日を割いて全部の話を見るというよりは、数日間アニメをみるならこの作品を見る、という形の一気見だ。
この作品はそうして正解だったと言えるのだが、その理由が「立派なクリフハンガー」と「オムニバス気味なストーリー展開」である。

まず「立派なクリフハンガー」について説明していこう。
クリフハンガーというのは、簡単に言うと劇中で盛り上がるところで話やシーンをいったん切ることだ。
そうすることで視聴者は続きが気になるという微弱なストレスを抱え、そして続きを見ることでそのストレスが解放されるカタルシスを迎える。

今作はそのクリフハンガーが「とても立派な」出来をしている。それが立派すぎて、内容がよけいに貧相に見えてしまうと言っていいくらいだ。

クリフハンガーの手法は今作限らずあらゆる作品において使われるので、それ自体が悪いということはない。しかし、今作は1話からずっとクリフハンガーだけで人をひきつけ続けようとしているかのようだった。
話の盛り上がるところで、女王蜂のエンディングがきれいに入って1話ずつ終わる。
そのため、本編の内容があまりドラマチックでないところは中だるみっぽい印象を受けてしまう。
終わり良ければすべて良し、とはいうものの、あまりにも終わりを良くしすぎて肝心の中身がやや薄っぺらく感じるのは、原作がそういう話だからなのか。
原作は未読なので、あくまで推測でしかないが。

また、クリフハンガーに限らず作中で注目してほしいシーンは、一気に作画力が上げられているのがわかる。
きれいな一枚絵のような印象を受けるシーン、そういうヴィジュアル的なひきつけ方は本当に文句がない、ないのだが、それゆえにシナリオをもうちょっと頑張ってくれと思ってしまう。

次のオムニバスだが、これは本来『小林さんのメイドラゴン』のように1話につき数話の話が入るもののことを言うので、実は誤用だ。
しかし今作は良くも悪くも話のメインが『推しの子』というタイトルのなかでコロコロと変わり「漫画の実写化ドラマの巻」「恋愛リアリティーショーの巻」みたいになってしまっている印象を受ける。
そしてその間、アクアの復讐は全然進んでいないように感じる。

原作がこれくらいのスピードで情報を収集しているからなのかもしれないが、本筋らしいところの展開の遅さは、放映続行のために展開を遅延しシーズンをだらだら続かせてシーズン5とか10とかになったりする海外ドラマをほうふつとさせる。
そんなに長い話をやりたかったら金曜日夕方のアニメ枠とかに入ればよかったのでは? と思うが、業界の闇を描くために自殺未遂まで描写するストーリーをあんな時間に流すわけにはいかない。

全体的に、ストーリーの見どころを作画の良さでブーストされているのが目を惹き、結局最後まで見続けていたことは否めない作品だった。
YOASOBIのオープニングで耳目を集めて、作中にときどき挟まれる神作画シーンで目を惹きつけ続け、そして女王蜂のエンディングの前奏がタイミングよく入るクリフハンガーで本編が終わるという構成。
そんな「完璧で究極の」構成を、やはりストーリーがもったいなくしている印象が強い。
もちろん業界の闇や裏側を描いた点では本当に興味深かったが「復讐どこいった?」と私含め、少なくない数の視聴者に言わせている時点で、面白い「フィクション」になり切れていないと感じた。

だがこれは、人の耳目を集め、引っ張り続けるために高い技術力を使い、まさしく「アイドル」となったアニメ。その構造自体が、アイドルや芸能界というものに対して何らかの隠喩を込めているように邪推してしまうのは、自分だけだろうか。
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