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ハズビン・ホテルへようこその傘籤のレビュー・感想・評価

ハズビン・ホテルへようこそ(2024年製作のアニメ)
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『ハズビン・ホテルへようこそ』
カトゥーンアニメ。しかもミュージカル調。しかし内容はどぎついブラックユーモアだらけの大人向けなコメディ作品です。正直最初の3話くらいはいまいち乗れなくて観るのやめようかなーと思ってたのですが、評判の4話まで来て一気に惹きこまれました。なにこれすげえじゃん。耳障りのいいおためごかしを謳うことなく、こんな胸に響く曲を作れるだなんてびっくりだ。8話×約20分のなかに多様なテーマを盛り込み、最後までテンションを維持しながら現在の世界と呼応する作品に仕上がっていました。

お話は、罪人の更生を兼ねたホテルを開業したルシファーの娘チャーリーが仲間たちととも天国と地獄をかけまわり、「最高の地獄」を目指すというもの。
大人向けのアニメ作品というだけあって卑猥なジョーク、コミカルで残虐なシーン、扱っているテーマの政治性、フェミニズムやポリティカルコネクトネスについての配慮などなど、語るべきポイントはいろいろあります。とはいえまず第一にあるのはミュージカルアニメとしての楽しさであり、使われる楽曲がどれも良い。特に4話目におけるエンジェルとハスクによる「地獄版『雨に唄えば』のシーンはすばらしかった。”最低な人生でもいつか立ち直れる”なんて適当ななぐさめに謳うことは無く、「俺とおまえ、お互い最低だよな。でも、だからこそひとりじゃないぜ」というメッセージ。いいじゃん。そういうことなんだよ。世界はそう簡単に変わらないし、個人の力でできることには限界がある。でもすこし視野を広げてみれば、視点を変えてみれば、どこかに居場所はある。そんなテーマ。9話における裁判シーンで歌われるチャーリーとエミリーによる「天国という場所のいびつさ」を大声で叫びあげるような曲も最高だったし、ディズニーアニメでは不可能な、「グロテスクな現実を描く」ということをコミカルにやってのけ、より私たちに伝わるメッセージとなっている。つまりこのアニメにおいて、天使や悪魔、天国と地獄それぞれの世界観の違いは、現代のリアルな世界における問題そのものってわけだ。

サイケデリックでドラッギーな美術、ヌルヌル動きまわるアニメーションなんかも相当な出来の良さだったけど、それ以上に楽曲それぞれに込められたメッセージの強さ、ユニークさが心に残る。本作の中心にあるテーマは「どんな人の心のなかに虹がある」ということ。そしてそのことを信じることの美しさ。まあ、そのお題目は言葉だけみればきれいごとのようにも感じるけれど、それを歌う者たちが最低な世界で必死に生きる存在であり、彼らの苦しみを十分に見せていくからこそ、その歌は魂の慟哭となり、こうまで胸に響くのだろう。

天国と地獄の状況はガザでいままさに起こっていることを象徴している、と言われることもあるようだけど、このアニメが作られたのは2023年以前であることから順序は逆だ。アニメの制作者が「いま・ここ」にある問題を誠実に見つめ、妥協することなく作品をつくったからこそ、時代と呼応し、倫理観において一歩先に進んだ「指標」となる作品が生まれえたのだと私は感じる。

あとアラスターのキャラクターがすごく魅力的。ビジュアルの良さや誰にも屈することなく常に強気に笑っている姿も良いのだけど、それ以上に”ラジオDJ”というキャラクターを活かし、「ラジオから流れてくるようなこもった声」になっているのもめっちゃいい。彼がしゃべってるのを聞いてるといちいち気持ちよくなっちゃいます。ドSで可愛げもあるので、人気があるのもうなずけるわあ。
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