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メイドの手帖のrayconteのレビュー・感想・評価

メイドの手帖(2021年製作のドラマ)
5.0
意外と言っては失礼かもしれないが、予想を遥かに超える傑作だった。

実話手記を元に脚色された、DV被害に遭う女性の物語。
ともすれば暗く生真面目で気分が重たくなってしまうテーマを扱いながらも、起伏に富むドラマと象徴的な登場人物の造形で単純に「面白い」といえる稀有な作品だ。

正直な話をいえば、DVをテーマにした作品が面白くなるとは思えなかった。
身近にある切実な問題であるからこそ無責任な描き方は許されず、そのリアリティラインの高さゆえにある種の注意喚起や啓蒙的な意味合いを超えないお堅い社会派作品になりがちだからだ。
「MAID」はリアリティに溢れ、物語を動かすための非現実的なアクロバットもほとんどないのだが、これみよがしな掟破りやどんでん返しなどなくても、背景と登場人物の関係を丁寧に描けさえすれば十分見応えのある作品ができること証明してみせた。
純粋にドラマとして楽しめる力は、DVという問題を他人事に捉えている人やあるいは見たくないと考えている人たちにも作品を観る意欲を持たせるし、ひいてはそれがDVというテーマに目を向けることにも繋がる。
まさに「なぜ映画が必要なのか」という問いに出された完璧な答えのひとつといえるだろう。

そしてこの作品は、暴力被害の当事者にとっても有益なものだと思う。
DVの最も悪質な点は、受け続ける側の思考力を奪っていくということだ。
苦痛が常態化すると人間は主体性を持つのをやめ、暴力を受けるのは自分が悪いからとすら思うようになる。カビの蓄積が身体を蝕むのと同じように、暴力の蓄積は人の精神を支配してしまうのだ。
暴力とは何も殴る蹴るだけではなく、性的強要や言動や態度、経済的な支配も含まれる。
夫婦間のみならず、職場や学校、親から子、あるいはその逆も全く同じだ。
そして暴力被害から抜け出せない人たちの特徴のひとつとして、助けを求められないという点がある。
その結果長年泣き寝入りしたり、最悪の場合には自死を選ぶこともある。
特に日本社会では「助けを求めることが他人の迷惑になる」という風潮があり、欧米に比べ表面化しづらい問題もある。
ただ、そんな人に考えてほしいのは「迷惑をかけているのは誰か」という点だ。
暴力を振るわれてSOSを求めるのが恥なのではなく、暴力を振るう人間が卑劣なのだ。
だからこそ、踏み止まるだけが正しい選択ではないことを事例をもって描いたこの作品には実用的な価値がある。

もしも暴力に苦しむ人がいるなら、あなたが今いる世界がすべてではないのだと気付いてほしい。
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