TOTO

ジ・オファー/ゴッドファーザーに賭けた男のTOTOのレビュー・感想・評価

4.8
『映画製作という魔法――』

映画『ゴッドファーザー』との出会いは高校生の頃、バイト先のレンタルビデオ店から拝借して『Ⅰ』と『Ⅱ』を続けて観たのがきっかけでした。
その日から今日まで数えきれないほど観ています。それこそ『Ⅰ』と『Ⅱ』はほぼ半年おきくらいに、『Ⅲ』については(何かの間違いで駄作が傑作に変わっちゃいないかと無駄な期待をして)3年おきくらいに鑑賞してきました。
だから『ゴッドファーザー』の映画製作の舞台裏を描いた連続ドラマの製作発表には近年他に例がないくらい興奮したのです。
感想はたった一言だけ。最高でした。他に言葉がない。本当に最高でした。

これは『ゴッドファーザー』のプロデューサー、アルバート・S・ラディ(マイルズ・テラー)の経験に基づく自伝的内容です。
ラディがパラマウント映画の副社長にして、(ハリウッド史上一番チャラい大物プロデューサーで『くたばれハリウッド』でもお馴染みの)ロバート・エヴァンス(マシュー・グッド)に自分を売り込み、彼らが映画化権を持っていたベストセラー『ゴッドファーザー』のプロデュースを任されるところから物語はスタートします。
『ゴッドファーザー』が近代映画史における最高傑作であることに疑いの余地はありません。どのシーンも完璧に計算され、一切の無駄がない完璧な作品に思えます。
けれどその映画製作のスタートから完成まで、実はものすごくアバウトかついきあたりばったりのイチかバチかで、常に目隠しで地雷原と綱渡りを行き来するような脆弱な現場だったとは、夢にも思いませんでした。
もちろん多くの関係者が既に鬼籍にあり、生存者であるラディに都合良く事実が歪められているのは百も承知。言わば死人に口なしです。
個人的には『ゴッドファーザー』について様々な文献も読んできたし、友人のT君(『ロストイントランスレーション』のバーテン役)からコッポラ家の内情も聞いていたので、それなりにマニアックな知識があると自負してきましたが、それでも知らない事実がたくさんありました。
フランシス・フォード・コッポラ監督(ダン・フォグラー)は妥協しらずの聞き分けない芸術家で制作予算はどんどん破綻していくし、原作者マリオ・プーゾ(パトリック・ギャロ)に映画版の脚本を依頼してもなかなか進展せず、ロバート・デ・ニーロと引き換えてまで主人公マイケル・コルレオーネ役に抜擢したアル・パチーノ(アンソニー・イッポリート)はナイーブ過ぎてオファーを断って来るし、上司のエヴァンスも親会社(ガルフ&ウェスタン)の幹部も作品よりもビジネス優先だしで、とにかくラディにとって一難去ってまた一難の波瀾万丈なストーリーです。
とにかくここでは書ききれないけれど、そのうち幾つかだけ例をあげると、マリオ・プーゾの原作出版当時、イタリア系組織の反発は凄まじく、マフィアの幹部ジョー・コロンボ(ジョヴァンニ・リビシ)が映画製作を妨害してきます。
しかしラディが彼と約束をし、「マフィア」という言葉を台本から極力排除し、フランク・シナトラ(をモデルにしたジョニー・フォンテーン)をこき下ろすシーンも2シーンに減らした結果、その後コロンボとイタリア系団体から庇護される逆転の関係を構築したのです。
イタリア系組織との関係性が如何に重要か、それは実際、『Ⅲ』に激怒したシチリアの組織から『Ⅳ』(アンディ・ガルシア主演で行く予定が結局製作断念)の製作許可が下りなかったことからも窺い知れます。
さらに映画の中で存在感たっぷりに怪演する怖いマフィア、ルカ・ブラージを演じたレニー・モンタナ(ルー・フェリグノ)が役者本業ではなく、ジョー・コロンボのボディガードであった事実も今回初めて知りました。だから結婚式のシーンでドンへ伝えるお祝いの言葉を何度も練習していたシーンはまさしく地のままだし、あれほどの存在感を示したにも関わらず、これ以降映画に出演していないのも頷けます。
また妹コニー(タリア・シャイア=コッポラ監督の実妹)の夫でダメ男、カルロ役のジャンニ・ルッソは本当に根っからのクズで、夫婦喧嘩シーンでは実際にコニーを殴打して怪我を負わせます。
その報復として兄ソニー・コルレオーネ(ジェームズ・カーン)に制裁されるシーンでは、怒り心頭のコッポラ及びラディの策略により本気でボコボコにされてしまいます。 
全シリーズを通じてとても重要で、尚且つ絵画のように美しいシチリア島のシーンは予算の都合上、直前まで撮影を断念する方向だったし、完成後も長いといった理由でカットされる寸前でした。
……等々、挙げていったらキリがありません。全十話、見どころだらけの贅沢なドラマなのです。

その中で最も好きなシーンがあります。おそらく、と言うか間違いなく現実とは異なる寓話的なシーンなのだけれど、『ゴッドファーザー』製作における奇跡を象徴するようなシーンでもあります。
それは撮影開始前夜、コルレオーネ・ファミリーを演じる俳優陣が一堂に会した食事会の場面。ここで少しだけ再現するとーー。

全員立ったままでコッポラ監督が挨拶をし、「お席はどうぞご自由に」と伝えると、ヴィト・コルレオーネ役のマーロン・ブランドが黙って長テーブルの家長席に座る。
そこで何かを察した妻・カルメラ役のモーガナ・キングも反対側の家長席に座る。
給士がヴィトにサラダをサーブしようとすると、ヴィトはしゃがれ声で「母さんが先だ」と言う。
その言葉で長男ソニーと義弟のトム・ヘイゲン(ロバート・デュバル)、次男フレド(ジョン・カザール)、三男マイケルとその恋人ケイ(ダイアン・キートン)が並んで座り、ソニーの向かいには末妹のコニーと夫のカルロが着座して皆がコルレオーネ・ファミリーの定位置に着く。
そこでおもむろにヴィトが立ち上がる。
「誕生日に集まってくれて感謝する。人生山あり谷ありだ。祝い事、悲劇、誕生、死。どんな時でも一番大事なのは家族だ」
そこでコニーが「長寿を!」 
続けて全員で「乾杯!《サルーテ》」
この時点でコルレオーネ・ファミリーのプライベートな食事会の席に迷い込んでしまった形になったコッポラとラディの二人は、興味深そうに目の前の光景を眺める。
ソニーが料理を絶賛し、作ったコニーを褒めると、「ママのレシピなの」と答え、それを聞いた母カルメラが微笑む。
続けてソニーは父に「ナスを食べるか?」と聞くがヴィトはこれを断る。しかし次男のフレドは二人の会話を聞いておらず、再び父に「ナスを取ろうか?」と尋ねて無言で叱責されて落ち込み、マイケルに慰められる。
カルロはコニーをぞんざいに扱い、「妻を殴るのは普通だろ」と言い放ち、血の気の多いソニーがキレて立ち上がるが、トム・ヘイゲンに止められる。そしてヴィトが静かにこれを諫める。
ヴィトに「殴られたのか?」と聞かれたコニーは「いいえ、私が悪かったの」と取り繕うように答える。
そこで、それまで黙っていたマイケルがカルロに向かって、父親譲りの威厳さを持って言う。
「コルレオーネの意味を知ってるか? ライオンの心だ。気をつけろ。鈍い奴だと悟られぬように」
マイケルの静かな豹変ぶりに驚き、隣に座るケイはその横顔をじっと見つめるーー。
そこでラディとコッポラは確信する。この映画は絶対に成功するとーー。

『ゴッドファーザー』が存在する時代に生まれた幸運を実感しています。
心から「サルーテ」
TOTO

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