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ダーマーのGreenTのレビュー・感想・評価

ダーマー(2022年製作のドラマ)
4.0
これはシリアル・キラーの犯罪を描く犯罪ドラマじゃなくて、この犯罪がどういう社会環境で作られ、そして犯罪に関わった人たちにどんな影響を与えたかを描く、すごく良くできたドラマでした。10話もののシリーズにする意義があります。

私はこのシリーズのことを全く知らなくて、ユーチューブでジェフリー・ダマーの裁判をカバーするチャンネルが増えてきて「ジェフリー・ダマーの事件って今頃裁判やってるの?」と不思議に思っていたんです。そしたら、裁判は昔なんだけど、そこで被害者のお姉さんがブチ切れてジェフリー・ダマーに怒鳴るシーンがこのドラマで再現され、そのお姉さんが「昔のトラウマを思い出させられた」とNetflix に抗議したって話を聞いて、それでこのシリーズのことを知りました。

私の気に入っている映画レビューサイトでもこのドラマは取り上げられていて、脚本、キャストみんな秀逸で評価が高いけど、一方で「シリアル・キラーをセンセーショナルに取り上げ、人の不幸でお金儲けをする」という批判、特に被害者の家族からの声が高いと言われてました。

それと、ジェフリー・ダマーはゲイで、ゲイバーで被害者をピックアップしていたことから、NetflixはLGBTQジャンルとしてくくったら、LGBTQコミュニティからヒンシュクを買ったって話も印象に残ってました。

私は以前から実話のドラマ化は、本人たちがどう思うのかなあと言うのは気になっていたところなので、被害者のご家族の気持ちはわかるのですが、このドラマは犯罪者ではなく被害者にフォーカスを当てた、今までの犯罪ドラマでは描かれなかった、特にシリアル・キラーものだと被害者が多いので、一人一人の被害者は犯人に殺されては消えていくだけのショック・ヴァリューのためだけの存在だったのが、このドラマではその被害者たちの声を届けていると思いました。

特にジェフリー・ダマーは、黒人、アジア人、ネイティブ・アメリカンの男性を被害者として選んでいたので、マイノリティが行方不明になっても警察はマジメに受け取らないというアメリカの差別問題にも切り込んでいました。

ジェフリー・ダマーはアパートの隣人に「人の叫び声がする、すごい悪臭がする」と何度も苦情を入れられ、切り刻んだ死体を入れたポリ袋を車に積んで運転しているときに警察に止められ、14歳のアジア人の男の子を殺そうとしたときに逃げられ警察に通報されたり、何度も何度も犯罪がバレそうになるのに、警察がやり過ごしたのはダマーが「金髪の白人男性だったからではないか?」と示唆されている。

何度も苦情を入れていた隣人はグレンダという女性で黒人なのですが、黒人が多く住む貧しく犯罪も多い地域に住んでいて、ダマーと全く同じレイアウトのアパートに住んでいるのですが、同じレイアウトとは思えないほど可愛らしく清潔に暮らしている。

私も隣人の騒音や、常識のない行動に悩まされたことがあったので同情したのですが、グレンダはしょっちゅう警察にダマーのことを通報するので「クレームおばさん」的な扱いを受けている。でも、何度も苦情を入れるのは、問題が解決していないからなんだけど、結局は声を上げる人がうるさがられる。

ジョーダン・ピールの『NOPE』の感想で、私はジョーダン・ピールの描く黒人キャラがリアリティがあって親しみを持てる、と書きましたが、このドラマの黒人たちはさらに同じ人間としてすんなり感情移入させられました。特にこのグレンダという女性はこのドラマの倫理を司るキャラというか、この人が正しいから、社会がいかに歪んでいるかがわかるキャラ。

他の黒人のキャラ、被害者の家族や母親、あとアジア人のキャラがちゃんと描かれているドラマって「めずらしいな」って思ってる自分を発見して、やっぱマイノリティって脇に押しやられていたんだなあと思う。

あと思ったのは、私も実話のドラマ化、特にシリアル・キラーのようなセンセーショナルな話を描くのって金儲けだと思ってたんですけど、今回は、劇中でもグレンダが言っている「被害者のことを忘れてはいけない」、そういう意義でこの話を語り継ぐ、というのは大事なことなのでは?と思いました。

だって私、このドラマを観るまではジェフリー・ダマーの被害者がマイノリティでしかもゲイ、しかも男性ばかりだったことを全く知らなかったんですもん。その上、犯罪が行われたのは80年代から90年代だったのも衝撃でした。もっと昔の話だと思ってたから。

ジェフリー・ダマーが逮捕され、その犯罪が社会に衝撃を与えたのが1991年で、ニルヴァーナのデヴューアルバム『ネバーマインド』が発売された年、ダマーが刑務所で殴り殺された1994年は、カート・コベインが自殺した年と指摘している人がいて、そんな最近のことだったんだ!と全然知らなかった自分に衝撃を受けました。

ジェフリー・ダマー本人の背景も描かれていて、両親がちょっとネグレクト気味だったのもあるのですが、誰でも子育てで後悔するよなことをやってしまうときもあると思うんですよね。でも殆どの場合は子供が成長してシリアル・キラーになるなんてことはない・・・。だからダマーの両親も気の毒だなあと思った。

ジェフリー・ダマー本人は、このドラマを観る限り、「置き去りにされるのを極端に怖がる」人に見えた。小さい時から誰にも愛されないと感じて生きてきて、成長してからも他人と、意気投合したり喧嘩したり、時には別れを経験しながらも友情を築いて行くってことができなくて、相手が「家に帰る」って言うだけでも殺してしまったりとか。

後半になると、生身の生きた人間との付き合いは抱えきれなくなっているんだなと思った。死んでいる相手なら去っていったりしない、自分のことを嫌いになったりしない、つまり嫌われること、好かれないこと、去られることを極端に怖がっているので、殺してしまうんじゃないかと思った。

だって意外とモテるんだもん、ダマー。ゲイバーで声をかければ必ず相手を見つけられる。だからドリンクにドラッグ混ぜて殺そうなんてしなければ、楽しくセックスして一夜を楽しむこともできるし、またそれが発展してカップルになれるようなチャンスはたくさんあった。だけどやたらとドリンクをすすめて疎ましがられたり、だから殺さなきゃならなくなる。

でもそういう普通の人間関係を営めないから殺してしまうんだろうなあ。

ジェフリー・ダマーを演じたエヴァン・ピーターズは、『エルヴィス』のオースティン・バトラーに引き続き、これからすごく輝くのではないかと思わされる若い俳優さんだなあと思ったし、ダマーの父親を演じるリチャード・ジェンキンスは、元々名優だけど、この難しい役良くやったよなあ。因みにこの父親の2番目の妻を演じるのが『プリティ・イン・ピンク』のモリー・リングウォルドだよ!

黒人のキャストたちも、深みのある黒人キャラを演じられて本望だったと思うし、アジア人キャラもそう。

それと10話中4話を監督しているのがジェニファー・リンチで、「・・・これってデヴィッド・リンチの娘のジェニファー・リンチ?!」って調べたら、本当にそうだった。この人デヴィッド・リンチの娘って言って『ボクシング・ヘレナ』で鳴り物入りでデヴューしてコケまくっていたから消えてしまったかと思っていたら、TVシリーズの世界でそれなりに成功を収めていたらしい。今回は本当に素晴らしかった。

で、音楽をニック・ケイブが担当しているのですが、毎回エンディングにかかる音楽といい、ちょっと『ツイン・ピークス』を彷彿とさせるし、デヴィッド・フィンチャーの『マインドハンター』的なところもあり、雰囲気があるし、時代背景を表すセットもすごいお金かかってるし、登場人物の背景もきちんと描いているからかなりリサーチし、深堀りし、誠実に作ったと思われる。

だけど、LGBTQのコミュニティは、これをLGBTQジャンルに区分けするな!と文句を言ってきたってのが、「LGBTQの人たちは一体どうして欲しいんだ?」と思った。確かに「ゲイはやっぱりろくでもない犯罪を犯す」のように言われたくないってのはわかるけど、このドラマのフォーカスはダマー本人よりも、被害者のゲイの男性たちの声を初めて取り上げてくれたんじゃないかと思うんだけど。

今までは殺されたゲイの男性にも人生があり、心配してくれる家族があり、みたいな方面を深掘りしてくれる犯罪ドラマなんてなかったんじゃ?って思うんだけど。ある人も指摘していたけど、映画やドラマのフィクションの世界だけでなく、現実社会のアメリカでも、若くて可愛い女の子、もっと言えば白人・金髪の若い女の子が行方不明になるとニュースで連日取り上げられ、捜索のボランティアが出たり、みんなすごい同情するけど、男性がいなくなってもそれほど大騒ぎされない、ましてやゲイだと誰も関心を示さない。しかもマイノリティ!

そういう社会的な不平等、まさにシステミック・レイシズムの切り口からジェフリー・ダマーの犯罪を描いていて、今だからこそこの視点で描くことができたんだと思うし、そういう意味では本当に意義のあるドラマ化だと思った。

もちろん、ドラマ化されているから全てが真実ではないだろうけど、創作の部分も、製作者側が事件の背景をきちんと調べて解釈した視点を表現するための創作で、すごい誠実に作られていると思いました。
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