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フェンスのmorettiのレビュー・感想・評価

フェンス(2023年製作のドラマ)
4.5
とてもシリアスな題材を扱っているのでこういう言い方もどうかと思うけど、言う!
現代沖縄を描破した幕の内弁当的な傑作ドラマ!具沢山の豚汁も付いてるよ!
…という感じ。
 
名手・野木亜紀子さんのオリジナルドラマで監督は松本佳奈さん、沖縄を舞台とした連続性的暴行事件を主軸とした女性ふたりのサスペンスドラマなんですが、これが素晴らしかった…!
 
このドラマの中で描かれている大きな問題は解決しないし、ドラマを作ることで(または観ることで)現実がいきなり変わるわけではないですけど、それでもこの物語を語らなければならない…!という作り手の強い信念が5時間弱のフィクションとして結実している様を受け取りましたよ。
信念ちゅうか、祈りと言ってもいいかもしれません。
 
わたしはそれなりに興味を持って沖縄について読んだり見たり聞いたりして多少知っているつもりですが、唸ったのが、綿密で丁寧な取材を重ねた上で丁寧に“沖縄”を編み込んだ脚本の巧みさですよ。
(一度本島に行ったことありますが美味しい古酒(クースー)で記憶は解けてます)
 
沖縄のさまざまな立場の人のさまざまな生の声をキャラクターの台詞にフィードバックしていると感じたし、日米安保条約や日米地位協定から貧困ループや性犯罪被害者のケアまで本当に恐ろしいほどの情報を、葛藤やサスペンスに落とし込んでいる。
脚本の野木亜紀子さんの仕事にはオリジナル・脚色を問わずいつも感嘆するけど、本作における作劇要素の査定力と脚本の構成力には舌を巻きましたね。
エピソードタイトルでもわかりますが、沖縄の風土とその精神性にもちゃんとリスペクトがあり、キャラクターの相関にも響いてるし。
 
それでいて、フィクションとしての面白さと強度を失わずに、最終的には主人公であるふたりの女性の相互理解と成長が謳われ、すべての女性への慈しみに満ちている。
沖縄にある現実のモチーフを通して女性たちのキャラクタードラマへフィクションとして結実させていて、そこが感動的でしたね。
 
特に第4話、ふたりの女性がそれぞれに過去の葛藤を乗り越えるんですけど、それが他の誰でもなく自分が自分を肯定する、という尊厳の物語にもなっていて、ここはちょっと落涙を堪えられませんでした。
 
あと好ましかったのは、悪いのは“犯罪者”と“為政システム”である、という態度。
特定の個人や組織や団体を十把一絡げに断罪していないんですね。レッテル貼りをしていない。
これは作り手の願いであるんでしょうけど、個人レベルでは登場人物すべてが善意と正義を信じ受け入れることができる、という描写が心地よかった。
この手のフィクションでは警察は適当な捜査をしがちで上からの圧力に弱いものだし、在日米軍やミリタリーポリスは頑なで話が通じないものですけど、本作では法や規律を超えて犯罪と犯罪者を追求するさまが描かれていて、当たり前のことなんですけど、当たり前の正義が遂行される、という第5話の沖縄県警である青木崇高さんと米国海軍であるダンテ・カーヴァーさんの対峙には胸を衝かれましたね。
アイツの薄ら笑いよ…見てるぞ…!
最近は政倫審の後の政治家の顔に同じ薄ら笑い貼付いていたのを見ましたね。
 
そしてこのドラマに通底しているのが、性暴力への怒りですね。
間接的とはいえ性暴力描写があり観ていてとても辛いけど、それがいかに〝魂の殺人〟であるか、それがいかに被害者の心や人生に影響を与え続けるか、ということを詳らかにしています。
ドラマの発端部で描かれる宮本エリアナさん演じる桜さんの嘘が、咀嚼しきれない怒りとして結ばれるラストは、2024年の今に直結する問題意識に満ちている見事な構成でした。
声にならない声が、このドラマには谺しています。
 
俳優さんがみんな良くて、人気や事務所パワーに阿らないキャスティングがまず良かったし、それぞれのフィクションのキャラクターを地に繋ぎ止める重さがありました。
 
主演の松岡茉優さんが素晴らしいのは自明の理として(蓮っ葉な役がよく似合うわ)、個人的な一等賞は彼女とシスターフッドで結ばれる宮本エリアナさんが特に良かったね。
たしか元はモデルさんで俳優としてはこなれていない感じなんですけど、それを補って余りあるくらいに愛嬌と怒りと慈愛の表現の振り幅がやけに広くて深くて、これは多分宮本さんのパーソナリティとキャラクターのシンクロぶりの相乗効果なんだと思いますが、とにかくチャームに溢れてましたね。彼女がその髪を解く時…ちょっとグッときましたよ。
 
あと特別出演で新垣結衣さんが出てるんですけど、出演を知らなかったんで「あ!」となったし、彼女の役が荒れ海を照らす灯台のようで良かったですね。
ほぼすっぴんで、傷ついた女性を冷静に慮るカウンセラーに扮していたガッキー、登場時間は少ないけど、レプロ後の仕事としての気迫さえ感じましたね。沖縄出身のガッキーその人の人間の重みを感じました。
 
そのほかみんな、出演している人がみんな良かったなぁ。沖縄の俳優さんたちの顔やウチナーグチ(字幕はつきません!)が、このドラマに厚みを与えていたことは言うまでもありません。藤木勇人さんが“志ぃさー”になっているの知りませんでした。
 
社会派として二元論に囚われないかなりハードコアな作りだし、女性たちの連帯と互助の物語としても丁寧で真摯で、作り手たちの態度が本当に好ましかったです。
今思うとあのガッキーの顔は、監督の松本さんや脚本の野木さんの顔なんじゃないかと思います。
ところで、映画では監督、ドラマでは脚本家がフィーチャーされることが多いけど、本作における松本佳奈さんの仕事も見事で、キャラクター描写の芯のある柔らかさと豊かさは特筆すべきと思います。
 
ただ正直なところ、第5話に集約される〝連続性的暴行事件の犯人は誰?〟はミスリードも含め問題を沖縄だけに留めない広がりはあるにしろ、サスペンスとしてちょっと小手先感があって、この企画のパッケージとして必要なのでしょうけど杜撰な感じがしましたね。
でもやつを仕留める鈍器がシーサーで、そこはいい意味で腰砕けになりました。
 
根本的な難を言うと、これが今のところWOWOWでしか観れない!
WOWOWを腐すつもりはないけど、現状での映像配信プラットフォーム(衛星放送とは別のWOWOWオンデマンドのことね)としてはまだ月2530円に値する魅力は…ね、みなまで言わない。
逆に地上波ではないWOWOWだから出来た内容だと思うけど、もっと広く観られることがないもんか…と切に願いますが、ほらWOWOWはParamount+もアカデミー賞も観れるし、秋頃には金カムの続きのドラマもやるし、どうすか月2530円!
少なくともこのドラマ「フェンス」は2530円以上の価値があると思います。
 
マジで沖縄の抱える問題は日本の問題であり、まずは本作を観ることで意識は変わると思うし、まずはそこから、です。

で、どうすか月額2,530円!映画のIMAX料金より安いよ!
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