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ザ・ナイト・オブ/ナイト・オブ・キリング 失われた記憶のrayconteのレビュー・感想・評価

5.0
恥ずかしながら、2020年に至るまでこのドラマを見逃していた。こんな素晴らしい作品を…

物語は、ある夜に始まる。
パキスタン人の敬虔なイスラム信者家庭で暮らす大学生のナズは、友達のパーティに行くための足が用意できず、父親のタクシーを無断拝借する。
道に迷い路肩へ停車したところ、営業中だと勘違いした美女が乗り込むが、ナズは彼女を追い出さず、夜のドライブへ出かけ、イーストヴィレッジの彼女の部屋で一晩を共にする。だが目を覚ました深夜、彼女はベッドで惨殺されていた…。

スティーブザイリアン監督による、2008年のドラマのリメイク作。
神がかり的な脚色でいくつもの名作を手がけてきた名脚本家ザイリアンの手腕は、本作でもいかんなく発揮されている。

この物語には、視聴者を惑わせるいくつもの巧妙仕掛けが張り巡らされている。
勤勉で温和なナズに対して当初、視聴者は彼が殺人犯であるとは疑わないだろう。
きっとこの物語は、ナズの無実を証明するために「あの夜」の謎を解く、法廷サスペンスになる。多くの人が、序盤の段階ではそう考えるだろう。そして、ナズ以外の誰が犯人なのかを予測する。
しかし、話が進むにつれ、物語は様相を変えてゆく。
刑務所の苛烈な環境下で残虐性を増し、何一つ視聴者に隠し事などないと思っていた彼の秘めた過去の姿を見た時、誰もが「間違っているのは自分のほうなんじゃないか?」と気づく。
そして、信じるべきものを見失ったままクライマックスが訪れる。
第1話でナズの弁護人役ジョンタトゥーロはこう言う。
「真実なんかどうだっていい」
僕は当初、このセリフはあくまで、弁護料だけが目的のならず者弁護士のキャラクター付け程度のものとしか考えていなかった。だが、このセリフこそ、この物語の最も核心を突いたメッセージだったのだ。
このドラマの最も驚くべき点とは、犯罪と法廷を舞台とした物語であるにも関わらず、観終わる頃にそれらはどうでもよくなっているということ。
ナズが、彼の言う通り本当に何もしていなかったのだとしても、僕らはもうナズのことを心から信用できるとは言えなくなってしまっているのだ。

つまり、この作品のテーマは「他人の印象など簡単に変わる」ことであり、視聴者はそれを証明するいわば実験台になっているのである。
弁護士が皮膚病であることも、まさにそのテーマの一環だ。
物語後半、治りかけていた皮膚病があるストレスによって再発、以前より大分ひどくなる。綺麗な革靴を履く彼と、全身炎症だらけの彼を全く同じ印象で見ることは困難だ。
昨日までと今日、中身は大して変わるはずもないのに、イメージと違うほんの少しの情報を与えられるだけで、人は簡単に人の見方を変える。
要するにこの作品は、見られる側ではなく見る側の身勝手な不安定さについてカウンターを突きつけているのだ。

この高度なメッセージをここまで過不足なくまとめ上げるザイリアンの手腕は、やはり本物中の本物だ。
「the night of」は間違いなく傑作であるが、観る者の読解力を要求するものでもある。
こういったドラマを作ってしまうHBOは、さすがの一言だ。
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