NM

ミルドレッド・ピアース 幸せの代償のNMのレビュー・感想・評価

3.0
1シーズン5話完結なので観始めやすいが、全部観れば長編映画のようなどっしりした見応えがある。基本的には働く母親の苦労を綴るが、それだけでは終わらないなかなかショッキングな展開。

ケイト・ウィンスレットが少し前の時代を演じている作品ははずれが少ない。全体がレトロで雰囲気が良く、どろどろし過ぎずおしゃれにまとまっている。絶望と希望、夢と現実、愛と憎しみ。波乱万丈の物語。
劇伴も良くサントラも出ている。

30年代、大恐慌の時代。
冒頭、家から夫が出て行ってしまう。
幼い娘を二人抱えたミルドレッドはすぐに収入を得なくてはならない……。

主人公ミルドレッドは不動産業者の娘でお嬢様育ち。専業主婦だったので特にこれといって手に職もない。
新しい男を捕まえろとか、職を選ぶなと助言してくれる人たちはいたが、いざやってみると簡単ではなかった。

主婦だから食事や掃除の仕事ができるかというとそう単純ではない。家庭のためにやるのと他人のためにやるのとでは全く意味が違った。
ウェイトレスとしてやっていくにもウェイトレスとしての才能やセンス、忍耐力が要る。それがあったとしてもタイミングや精神状態、職場が合うか合わないかも大きい。

仕事を探して歩き回り、冷たい目で拒絶され続ける辛さ。時代が変わってもこのしんどさは共通。
断られ続け、まるで自分に価値がないように思えてくる。私はわがままなのか、娘を食べさせなきゃいけないのに、でもあんな思いをして働くなんて。激しい葛藤が見ていてつらい。

断られるうちに理想と現実にだんだん折り合いがついていったのだろうか、ついに一歩を踏み出す。そう考えると断られ続けることも必要な過程だったのかも。
スキルのある人たちさえ失職していた時代だが、彼女はスキルがないからこそ仕事を決められた。

とは言え本来なら彼女はやりたくない仕事。カフェもハッシュハウスもどうも職種としてあまり地位が高くないらしい。傍目からは簡単な仕事に見えても、彼女には特に精神的にハード。

子どものために覚悟を決めたが、一番理解して欲しい子どもに理解してもらえない。反抗し、浮気して出ていった父の方になつき、母の仕事を見下す。
習い事をし、質の良い家具が並んだ家に暮らしてきた子どもたち。状況が変わったと言われても簡単に価値観が変わるはずもない。

つい苛立ってしまった気持ちがよく分かる。だが一方で母としてはその気位の高いところがたまらなく愛おしいらしい。個人的には見ていて勘違いした生意気な子どもと感じたが、彼女は表面でなくその真の価値を見出しているようで、そのプライドを絶対に守ってやりたいと決心しているらしい。
ミルドレット自身も、何もできないと思われていたが持ち前の誇りの高さを大事にしたことで成功を掴んでいく。自分と似ているから愛おしく、また苛立たしい。

はじめての仕事に少女のように弱ってしまうが、慣れてくると環境は同じはずなのに一転して働きやすくなっていくのが爽快。

彼女は才能を秘めているがこの時代には恐らく先進的過ぎた女性。どういう生き方なら自分にフィットするのか手探りで一から見つける必要があった。この時代にお手本になるような女性は少なそう。恐らく才能を埋めたまま人生を終えた女性は大勢いただろう。
才能が開花するかどうかは状況からしても運に頼るところがとても大きい。

彼女は冒頭から見事な料理の腕を見せていた。ここから道が開けていく。

軌道に乗りかけた矢先、最初の事件が起きる。私は何のために頑張っていたのか。かけがえのない宝物。それが目の前で失われた。私が間違っていたのでは。この先どうすれば。
ちなみにこの悲しい回で一旦中断したらその先を観るハードルが上がったので、休むなら楽しいシーンの後の方がよさそう。

子どもが成長したあとの彼女も興味深い。
関係がこじれ、手を尽くして連絡を取ろうとするが、子どもは予測していてルートを塞がれている。
そうなると親としては、何としても連絡を取らねば、私は子どものためにずっと苦労してきたのに、世話になっておいてその態度か、という方向に行くケースは少なくない。
彼女の育て方がいちじるしく間違っていたとまでは思えないが、だからといって必ず思ったとおりに育つとは限らない。

浮き沈みを経て、第二の大事件。最愛の人に裏切られるショック。私は何のために苦労してきたのか。こんなに愛してきたのに。あなたたちのために。見返りがないどころか、仇で返されてしまった。
絶対に手に入らないという最後通牒を突きつけられ、相手の一番の財産、つまり自分が長年投資してきたものを奪おうとする。私はどちらかを殺そうとするのではと思ったが、それ以上の行動に驚いた。
それで愛がかえってくるわけもないので、ついに彼女が完全に諦めた瞬間と言えそう。

彼女も恐らく分かったはず。私は娘に執着し過ぎている。愛しているのに憎くもあり、感情が抑えられない。絆を取り戻したいがどうしても呪いの言葉を吐いてしまう。他のことには耐えられるがそれだけは涙が溢れる。
そんな彼女を自由にしてくれたのが誰であろうあの人だったところが素晴らしい。彼女を助けられるのは同じ立場である一人しかいなかった。

決定的に別れたようにみえた人物でも再び分かりあえたりして、くっついたり別れたりするのがおもしろい。
主人公もはじめは大人しめだったのが、働くようになって自分の意思や考え、感情がはっきりしているように見えるのが興味深い。

あまり働かない恋人がいることで、仕事とはなにか考えさせられる。
ワーキングマザーの話ではあるが、子育て、恋愛などについても示唆が多く、男女誰にでもおすすめ。

時の流れをファッションの流行で表現していたのが好み。


「(彼が)あまりに痛々しくて」
「男は皆そう そこに女はほだされる」
NM

NM