シュローダー

ウォッチメンのシュローダーのレビュー・感想・評価

ウォッチメン(2019年製作のドラマ)
5.0
僕が今まで観てきた海外ドラマの中でも、文句無しのナンバー1だし、今まで触れてきたエンタメの中でも、生涯ベスト級に大好きな作品と出逢ってしまった。アランムーアが1986年に発表した伝説的グラフィックノベル「ウォッチメン」の続編であるこの作品。そんなものが仮に作られたとしても、間違いなく上手くいく筈は無いと思っていた。しかし、デイモンリンデロフはそれを恐ろしい精度で大胆かつ甘美に作り上げて見せた。まず驚かされるのは、世界崩壊の危機をオジマンディアスが「救った」後の2019年のディテールの凄まじさ。Drマンハッタンのせいでコンピューター技術の発展が遅れ、スマホの代わりにポケベルを使い、ロバートレッドフォードが大統領になり、極左リベラル政治が続くアメリカ。黒人には南北戦争後に払われる筈だった奴隷時代の賠償金が支払われ、白人至上主義者たちが警察と戦っている「分断」されたアメリカ。現実では警官たちが黒人たちを殺しているのとは真逆。このように、世相が全て裏返しになっているアメリカを痛烈に描き出している。この辺りは後に「ザ・ハント」でも繰り返されるディテールである。そしてその底意地の悪いセンスがウォッチメン世界とどうやって合わさるのか。ウォッチメン世界はキーン条例によって覆面ヒーローの活動が違法化した世界。にも関わらず、2019年のタルサ警察は2016年に起きた警官宅襲撃テロ「ホワイトナイト」の影響で、マスクを身につけ、身分も隠しながら活動している。そして、ホワイトナイトを起こした白人至上主義者「第七騎兵隊」も、34年前に神に対して「No」を突きつけた白人ブルーカラーの陰謀主義者、ロールシャッハのマスクを身につけ活動している。彼らの間に線を引く物は、互いが勝手に信じる善悪の概念に基づいた信条だけであり、本質的にそこに何の違いもないという事は、警察側の主人公アンジェラや同僚のレッドスケアの手による苛烈な暴力によって、即物的に示される。そして、彼女たちの戦いの裏に渦巻く、100年以上前から続く差別と憎悪に溢れた陰謀が、前作と同じく、1人の男の死から始まっていく。これを全9話というタイトな規模で、伏線を細かなディテールに至るまで(ほぼ)完璧に回収し、毎話毎話常に話がどこに転がるのか予測不可能な、過激で挑戦的な物語を打ち出していく。連続ドラマとして完璧である。まず第1話の冒頭からして強烈。1921年に実際に起きたタルサの黒人虐殺の模様が映像化され、それを生き延びた少年の目が焼け落ちたタルサの街を捉える。事件は最後の最後に至るまで尾を引き、ほぼタルサという街の中だけで事態が進行するこの物語に暗い影を落とす。その本筋の合間に挟まれるのは、かつて世界を救った男、オジマンディアスの邪智暴虐の限りを尽くす戯れ。このおじいちゃんの暴走がとにかく不謹慎で最低で最高なのであるが、これも本筋の物語にアクロバティックな方法で繋がっていく。仮初の世界平和のために300万のNY市民を殺した彼の「罪」にも向き合っていくのである。彼の犠牲者の1人とも言えるのが、アンジェラの同僚、ウェイドことルッキングラス。彼は敬虔なキリスト教原理主義者で、性的なトラウマを抱え、オジマンディアスが送り込んだイカの恐怖に人生を支配されてしまった男として描かれる。彼はさながら「指を折らないし妥協してしまうロールシャッハ」なのである。そんな彼が自分の信じてきた恐怖がチャチな陰謀によってでっち上げられた物だという事を知ってしまう第5話は全体の話の中でも堪らなく好きだ。だがここで終わらないのがこの作品。ここから更に加速度的に面白くなっていく。第6話で描かれるのは、ウォッチメン世界に於けるマスクヒーローの始祖、フーデッドジャスティスの正体。フーデッドジャスティスは何故マスクを被らなくてはならなかったのか。何故フーデッドジャスティスはアクションコミックス第一号に載った「スーパーマン」の物語に自分を重ねるのか。何故フーデッドジャスティスは首に縄を着けているのか。その全てが美しいモノクロ映像によって明かされていく。とにかく攻めた内容であるし、物語の大きな謎が解明されるパートなので、快楽指数の度合いが違う。ここでアンジェラは自分のルーツを省み、自分に課せられた運命を知っていく。だが、彼女は視聴者にまだ大きな秘密を隠していた事が、7話のラストから8話にかけて明らかになっていく。この8話と、最終話となる9話で、この物語の奥底に流れるのは、1人の「神」が、1人の「アメリカ人」が、「恋」をして、家族を作り、本当の愛を知るという、非常にロマンチックなラブストーリーだという事がわかる。「エターナルサンシャイン」と「スローターハウス5」と「メッセージ」を足して2で割ったような「彼」の視る世界そのままの全ての時空が同時並行する物語が展開し、その全てが「熱力学的な奇跡」によって繋がる。そしてそれは、時系列が入れ替わり立ち替わり、ありとあらゆる要素が伏線として過去と未来にこだまするこのドラマの作劇ともシンクロする。まさかウォッチメンの続編を観て、あの男の人生に滂沱の涙を流すとは思っていなかった。100年以上に渡る因縁の全てが繋がり、収束していく。この感動はそうそう味わえるものではない。ウォッチメンの重要なエッセンスである「セックス」「暴力」「政治」が文字通りの「メインテーマ」として、本質的な意味を持って物語に絡みついて離れない。これこそ、僕がエンターテインメントに求める要素そのものであり全てだ。貶す所が見つからない、完璧という言葉すら足りない、まるでラムセス2世の業績の様なこの偉大なる芸術作品に神は絶望するほか無いだろう。本当に大好きな作品です。