ケーティー

半沢直樹イヤー記念・エピソードゼロ~狙われた半沢直樹のパスワード~のケーティーのレビュー・感想・評価

1.5
シーンづくりにこだわりがなく、人物の見せ方にも工夫がないため、構成がよくても最後以外はつまらない脚本
俳優でカバーしてるが、だからこそ、もったいないと感じた作品


構成は決して悪くない。ラストは盛り上がるが、それは我慢してラストまで見れた場合であって、終盤にいくまでがつまらない。筋が悪くないのに、なぜか。これには、大きく三つ理由があると感じた。

まず一つは、シーンに緊張感がないのだ。例えば、映画やドラマの定番の一つに、ビリヤードをしながら、何かを話すというシーンがあるが、これはビリヤードゲームの緊張感と本筋の話の緊張感を掛けることで、高める効果がある。このように、一つのシーンでもそれにどのようなシチュエーションを設定するかで、より視聴者の揺さぶりや集中を高めることができる。しかし、本作にはそうした工夫がない。以前放送したドラマ「半沢直樹」と今回は脚本担当が変わったようだが、「半沢直樹」は昼のシーンと夜のシーンのメリハリの付け方や、飲食シーンの工夫(バーや食堂の使い方等)、フラワーアレンジメントなどのシーンの使い方など、このあたりのシーンの構成の仕方がうまかったのだが、本作はそれが全くないのだ。これは、構成がよいにも関わらず、脚本の描写力がドラマをマイナスにしてしまっており、非常に残念に感じた。

しかし、こうしたシーンの演出の問題は、撮影時間の制限や予算の問題もあったのかもしれない。だが、ここで二つ目の問題が出てくる。それは、人物の見せ方に工夫がないというこだ。仮に時間や予算に制約があったとしても、役の仕草や会話劇の面白さで(言わば演劇的に)見せていくこともできる。しかし、本作はそうした点が、カバーできているできていない以前の問題として、非常に弱いのだ。例えば、ドラマの冒頭で、吉沢亮さん演じる主人公が問題を解決するシーンがあるが、ここで主人公はシーン終わりに何か台詞を言うわけでもないし、仕草やクセなども見せない。ここで一つの課題を解決した男がどう振る舞うかを見せることは、その主人公の人間性を売り出せる本来チャンスなのだ。しかし、それを完全につぶしてしまっているのである。さらに、それは結果的に、シーンを十分に盛り上げないまま次のシーンへ行ってしまい、ドラマ全体をも退屈なものにしてしまうのである。例えば、ドラマ「ガリレオ」は「実に面白い」という主人公の口ぐせとその際に流れるテーマミュージックがあるからこそ、盛り上がる。「ガリレオ」ほどやれとは必ずしも言わないが、台詞(決め台詞だけでなく、ボヤキの仕方や語尾、句読点や語順の特徴、口ぐせなどでも特徴はつくれる)や仕草、クセなどに何も工夫がなく、本作が人物を描く要素がまるで欠如している点は言語道断だろう。

最後に三つ目は、チームメンバーの得意不得意や役割分担、個性のハーモニーが練られてないことだ。例えば、映画「ジョーズ」はこのあたりが抜群にうまく、最後にサメと戦う三人の得意不得意にかぶりがなく、役割が(これはサメを倒す上での役割とストーリー上の役割いう二重の意味で)明確で、だからこそ、時にハラハラさせたり、ツッコミたくなったり、痛快だったりする。また、ドラマ「半沢直樹」もチームメンバーの役割や個性の置き方がうまかった。翻って本作は、メインの二人の性格と役割こそ(先の描写の問題はあるが)つくっているが、脇役陣の役割が作り込まれてない。むしろ、脇役は出番が少ないからこそ、端的に役割と個性を割り振らないといけないのだが、それができてないので、役者頼みになってしまってるのは問題だろう。

このようにせっかく構成がよいにも関わらず、脚本と演出に問題があり、それが作品にも大きくマイナスに効いていると感じた。しかし、そうした中でも、俳優陣の奮闘が光り、それが一部カバーしていた。主演の吉沢亮さんは、ドラマ「半沢直樹」を意識した終盤の演技もさることながら、全体でも脚本における人物の描き込みが弱い中で、それを一部カバーしている。今田美桜さんも、存在感に華があり、ナレーションには若干の拙さがあるものの、奮闘している。
脇役陣では、脚本の描き込みが圧倒的に不足しており、そのため演じるのが難しい複雑な役どころを好演した吉沢悠さんの活躍が目立った。
せっかくいい俳優陣を揃えているのに、その俳優陣が脚本や演出の欠点をカバーするのにとどまるような作品になってしまっているのが実にもったいない。