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クイーンズ・ギャンビットのrayconteのレビュー・感想・評価

クイーンズ・ギャンビット(2020年製作のドラマ)
5.0
「クイーンズギャンビット」とはチェスのオープニング(最初の一手)の定跡のひとつで、クローズドゲームにおける最も基本的な手だ。
手駒(ポーン)をあえて相手に取らせることで他の駒を動かす進路を開くのが「ギャンビット」という手法で、最初に中央のポーンを取るかどうかが流れの分かれ目になる。相手が取らない場合は睨み合いとなり、対局がじっくりとしたものになる。大まかには、これがクローズドゲームだ。

そのポピュラーな定跡の名を冠したタイトルよろしく、本作はベタではありながらも胸の沸き立つ感動を与えてくれる力作だ。
60年代アメリカは共産主義と対立する戦々恐々とした時代であり、戦争と隣り合わせの状況には歴史上必ず男性優位社会が背景にあった。
物語の主人公は、その時勢の中チェスというたったひとつの武器を手に成長してゆく少女だ。

この作品は、あらゆる人間ドラマの要素を含んでいる。
不遇の生い立ち、その中で見つけるかすかな希望、成長、挫折、栄光、堕落、恋と愛。
字面にすると詰め込みすぎでベタベタするように思えるが、この作品はそれをいともスマートにまとめあげている。
朝ドラが半年かけてダラダラやっていることを、たった七話のミニシリーズで過不足なく描き切っているのだ。
いわゆるお決まりのパターンしか出て来ない展開にも関わらず、全く野暮ったさを感じない洗練度には、製作者のセンスとそれを支える高い集合知を感じる。

本当に質が高い作品というのは、得てして他人に薦めにくい場合も多い。
面白さを理解するのに鑑賞者の読解力をある程度要求するからだ。
誰にでも薦められてなおかつ高品質な作品こそ、むしろ製作が困難なものだろう。
だが本作は、その高いハードルをいとも軽やかに越える傑作だ。

前提の知識も説明も、何も必要ない。
このドラマは、手ぶらでも楽しめる。
だから、あなたが誰であろうと、ぜひ一局。
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