ーcoyolyー

ボーイズ・ドント・クライのーcoyolyーのレビュー・感想・評価

ボーイズ・ドント・クライ(1999年製作の映画)
3.8
90年代に起こった事件のことを90年代の内に映画化したことで当時の空気感や限界が生々しくパッケージングされていて史料としての価値が生まれ始めているように思います。
近い将来、トランスジェンダーの役をトランスジェンダー以外の俳優が演じることはブラックフェイスと同等の扱いになると思うんですよ。そうなった時にこの役がヒラリー・スワンクであったことは彼女の演技力とはまた別の軸で評価されることになる。

月経描写があるのはこの監督が月経がある前提で生きる性である人なんだろうなと推測するのに充分でした。トランスジェンダーの人にとって月経がある、或いはない、ということはとても重要なファクターだと思うんです。あるべきはずのものがない、なくて当然のものがある。身体にまつわる混乱。シスジェンダー女性だって受け入れるのに苦労する事象なのに。人間がmanと称される世界において自分の性がノーマルな道からどんどん外れて行く象徴の事象なのに。月経にまつわる混乱や重みを月経がないことを前提として生きられる性の人々はあまりにも知らない。男が配ると避難所で1人1日ナプキン1枚とか何が起きてるのかちょっとわからなかった。わからなすぎて狂気しか感じなかった。我々から見ると狂気でしかないことを「普通」として押し付けてくる人々に我々のことを勝手に決められる恐怖な。

そして私もシスジェンダーとしてトランスジェンダーにその恐怖を与える側でもある。

シスジェンダーのヘテロセクシュアル男性と接していて何より怖いのは自らの加害者性を受け入れずそこを指摘すると反射的に猛反発してくるところなんですよ。自分が加害者でも被害者でもあるという属性で生きることがなく加害者性しか持ち得ない特権を有していると相対的な視点を持たないので被害者に陥ることへの恐怖心が途轍もなく強く、加害者とされることへの反発も甚だしく強い。絶対弱、或いは絶対悪としか捉えることができずその絶対性に対する抵抗心が凄まじい。それが絶対のものではない、という前提すら受け入れない。

あれ見てると男に生まれなくて良かったとつくづく思うんですわ。この映画に出てくる暴力もあれの延長線上で、この頑迷さや不自由さが彼らの有する特権の副作用なのだとするとこんな特権勘弁だわとつくづく思う。
ーcoyolyー

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