あー、とっ散らかった。
テーマ良かったのに。
見せ方と演技良かったのに。
最後のりっちゃんと黒岩、さらに永野芽郁とトオルのペア、よかったのに(笑)
まず、ミスリード狙ってるのか何なのか、
永野芽郁が大人になってしまってるところでもう混乱する。
結局自殺した女子高生は全く無関係の人って事よね?
なのにセリフは「愛能う」とか被ってたってこと?
こんな変な言葉使う家族が他に居る?
なぜ戸田恵梨香はこうもマザコンになってしまったのか。
お嬢様だからなのか。外界の荒波に揉まれなかったからなのか。大地真央に「常に正しく」と育てられたからなのか。
そこの背景気になるな。
妊娠を「私の血と肉を食らい、食い破って出てくる」と表現したり、
「子供なんてまた作れば良い」と言って母親の方を助けようとしたり、
理屈は分かるけど正気の沙汰じゃない(笑)
夫のクソ母ですら
「母」なら崇拝しようとするところ、もう完全に病気。
別に実の母でなくてもよかったんかい、と。
ラストにりっちゃん(娘)の部屋に戻るオチも気が利いてた〜。
同じ場面が、母娘によって「真実」変わるの面白い。
どう考えてもハイライトは「弁当箱投げ捨ててからの『小鳥さん恫喝』」(笑)
あと「料理のレパートリー増えた」と「ハンバーグと三色丼ばっか」は笑った。
父親はほんまダサい。
学生運動云々は朝井リョウの『死にがいを求めて生きているの』に近いテーマ。
打ち込める「何か」が欲しかっただけ。
でもそういう「発散」の場があったことはよかったのかも。
なんか、父親の不倫から発展していってた「父の性質」ってところが、有耶無耶に流れたのが残念すぎる。
「母性」やら「愛されたい」やら、
結局「人間の性質」の話してんだから、
それなら「父親の性質」も深掘ってよかっただろうに。
しっかし、ラスト、有耶無耶に良い雰囲気で誤魔化さずに、
しっかりと、永野芽郁の「どうでもいいところで発揮される正義感」を繋げて欲しかったな。
「こんなんで子供出来たらまた歪むぞ」と。
(正確に言えば「完璧な親」なんて存在しないし、子は勝手に育つし、要因の一つに過ぎないんだけどね。外界との接触がない場合はマズいけど。)
(ちなみに俺は、「串入れに入れようがビールジョッキに入れようが、原理的に同じ不衛生さだし、どうせ洗うんだから同じ」ってのに賛成)
ほんで、最後サプライズで
まさかのりっちゃん再登場。からの黒岩もいる、みたいなところはなんか
「幸せになってるやん!」って嬉しくなるんだけど、
この映画の本筋ではないからノイズになってるんよ。
ノイズと言えば、
時代背景どうなってるん?
家の配色が奇妙だし、田んぼとか言ってたし、永野芽郁が大人になってる時系列でさえガラケーだし、
たぶん相当古い時代描いてるよね?
にしてはメイクやファッションや街並みはあんま昔に寄せる気無さそうで…
でもここはなんか変な違和感ある感じで
ちょっと好みではある(笑)
そして、意味分からんラストの歌。
歌詞が映画に寄せすぎ(だけど全く本質突いてない)でサムいし、聞くに堪えない。
恥ずかしすぎるからエンドクレジットは切りました。
「子を愛せない母親」との接し方としては
ジャンプラで連載してた『ぼくと仁義なきおじさん』がよかった。
子供側が母親に「友達から始めませんか」と歩み寄って、少しずつ関係を修復していく過程、良き。