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ヒプノシス/催眠のkuuのレビュー・感想・評価

ヒプノシス/催眠(2020年製作の映画)
2.0
『ヒプノシス/催眠』
原題 Gipnoz/Hypnosis.
製作年2020年。上映時間112分。

『VIKING バイキング 誇り高き戦士たち』 のマクシム・ スハーノフが心理療法士役を演じる。
夢と現実の境界が 徐々に薄れていくストーリー展開のヒプノティックミステリー。

今作品には、個人的に嵌まりそうな点がいくつかあった。
基本的な設定はしっかりしてるし、現実と幻想のあいまいな境界を戯れる魅力的なスリラーになりえたはず。
しかし、期待とは違いエンタメに近いものをちらつかせるだけの、長くて、テンポの遅い、物思いにふけったような作品になってしまってた。
今作品のサプライズもかなり前に隠れることなく予告されているし、まさしく映画と云う催眠状態から揺り起こすものは何もない。
ミーシャは16歳の夢遊病者。
両親は彼を催眠療法士のところに連れて行く。
最初は、自分が催眠術を受けるには意志が強すぎる、そして彼の診察は、参加するのではなく、他の患者を観察し、催眠術のイロハを学ぶための1対1の会話だと信じていた。
しかし、ミーシャは自分が実際に催眠術を受けたことがあることを知るようになる。
さらに、患者仲間が自殺したことを知り、博士にもっと陰湿なことが起こっているのではないかと疑う。
主人公のガキと催眠療法士の2人は、どちらも我慢のできないエゴイストで共感すら持てなかった。
ミーシャは、自分が何でも知っていると思い込んでいて、世の中に反抗する痛いティーンエイジャークソガキ。
催眠療法士は権威主義の雰囲気が漂ってる嫌な奴。
親は二人とも未熟で、現代的で臆病な、手をかけない子育てにこだわるみたいな親。
ストーリーと美しい映像の可能性だけが夢中にさせたが、それさえも微妙なモンでした。
この約2時間の映画を見るのに、文字通り一晩中かかった。
退屈で何度も停止しては休憩のコーラをゴクゴクのんで、お菓子を食わなきゃなかっ。
結局、あっけなく終わってしまい、本当に何もないまま終わった。
全くもって映画ポスター、タイトルに一杯食わされた。

hypno(睡眠)とosis(状態)に由来する
hypnosis(催眠術)。
嗚呼、野郎どもの夢、美女にあんなことを。。。(今作品では美女がなにもしないですが)
🎼こんなこといいな
できたらいいな
あんなゆめこんなゆめ
いっぱいあるけど
みんなみんなみんなかなえてくれる
ふしぎな催眠術でかなえてくれる🎵

催眠→催眠術→催眠術師。
1文字付け加えるにつれて、どんどん怪しげな印 象になる催眠。
個人的には昔、公園のドサ回りしていた大道芸のオッサンに催眠術をかけられて、(今思えば『タヌキさんポンポコ云々』と呪文の様なものを唱えてたのに笑わず催眠術にかかった自分が懐かしい)今作品の主人公の弟の様に両手が勝手に上がった。
上がった記憶がある。
故に催眠術自体は個人的には信じてるし、医学用語のプラシーボ効果(英語:placebo.偽薬もしくはプラセボとも云う)も起こりうるやろう。
催眠術は、言葉やイメージで、相手の潜在意識に働きかけるが、言葉による期待、暗示、信頼などから生まれる『思い込み』によって結果が変わる心理作用を 『プラシーボ効果』と云うのもある。
たとえば、病人がよく効く薬と信じ込んでいれ ば、有効成分のない薬でも症状が改善することがあり、これは多くの研究機関の実験から証明され てるなど、全く眉唾物ではないと思う。
ただ、テレビは芸人とかが、受け狙いでやっているのは、眉唾物の類いだとは思うが、見分けがい付きにくい。
催眠術は、本来無意識に抑圧されてしまった思いを表に出すことによって心理的な負担を軽減させるための手段だと云える。
人は、誰かに話を聞いてもらうだけで心が軽くなることがあるが、元々は催眠心理療法の一つと云えるかな。
また、巷では人を操る方法みたいなイメージが流布してるが、恐らくは無理やろ(銭のためならシッポフリフリはあたり前田のクラッカーやけど)。
ましてや、手をたたくなどで眠らせる、動物にならせるなんて論外。
催眠術と呼ぶが、実際は眠らせるための方法ではなく、心理学的な意味での『意識』の働きを落とすためのもんやし、ここでいう『意識』てのは、自力で思い出せる記憶のこと。
自力では思い出せない、しかし、心には影響を与える部分を無意識といい、ここをさらけ出すのが催眠術の本来の目的やと云える。
また、似たモノに
洗脳てのがある。
洗脳は物理的な方法で思想を無理やり回心させること。
ブレインウォッシュの訳語で、まだ社会主義対資本主義の構造が色濃かったころ、自陣営にとらえた捕虜を引き込み、スパイにするために生まれたものらしい。
まぁ、実際似たような行為は昔からあったと思う。
しかし、この洗脳は元の社会に戻って2か月ほどで戻ってしまう時が多々あり、そこで永続的な人格変容を目指すような手法が研究される。
これがマインド・コントロールである。
正確には、マインドコントロールと洗脳とは別物。
これは物理的というより、もっと精神的な方に重点を置き、長い時間をかけて完全に人格を変えることを目的としている。
だからカルトなんかの手法は洗脳というよりマインドコントロールといえるかな。
人の判断基準てのは、比較のみに頼っている。
そのため、比較の基準を変えることができれば人の意見はすぐに変わる。
例えば、他の人が自分とまったく
違う意見を云ったとき、最初は納得しなくても
いつのまにか自分も同意してしまっていることがある。
これもまた、自分の判断基準がその他大勢によって変えたられたことによって起こる。
まぁ、人の判断基準も当てにならない。
当てにならない上に、テコ入れしだいで変わる。
ともあれ、催眠術てのは、相手を『変性意識』の状態にして暗示をかけることと云える。
『変性意識』 てのは、ザックリした説明には、『意識と無意識の間のこと』なんてあるが、この説明ではあまりに不親切かな。
小生が体験した感覚ならば、 眠りにつく前のうとうとしたレム睡眠に近い半覚醒のような状態でやった。
催眠術は、意識レベルを低下させるので、抵抗感も薄らぐと云う。
しかし、イヤなことや危険なことに対する意識は失われないため、なんでも術者の指示に従うというものでもないはず。
また、すべての人が催眠術にかかるわけじゃないはず。
猜疑心が強く、人の意見に流されず、 慎重な性格で、なにより催眠術にかかりたくないと思っている人には催眠術は通用しないんちゃうかな。
今の小生はかかるはずはないと思てる。
逆に、想像力豊かで素直、人を疑うことがなく、 集中力が高い人は催眠術にかかりやすいようで、恐らくはチェリーボーイの頃の小生は今みたいにはひねくれてなかった。
故に、ひねくれ者の小生は、今作品の物語のプロット自体否定せざるえない。
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