木蘭

金の糸の木蘭のレビュー・感想・評価

金の糸(2019年製作の映画)
4.5
 トビリシの旧市街を舞台に、美しく柔らかな光と色彩で描かれる老いの喜びと悲しみの物語。
 
 ゆったりとしたテンポで、大きな展開があるわけでは無い物語を描き出すのだが、一枚の絵を見ているかの様な画面と、そこに映し出される人も物も、歳を重ねた深みと美しさに満ちているが故に飽きさせない。
 ヒロインのエレナが暮らす19世紀に先祖が建てたという古い共同住宅が主な舞台になるのだが、とにかく全ての舞台装置が美しい。

 内装や調度品、食器や小物、植物、それにヒロイン自身や彼女の身に着ける服装が艶やかながら品が良く、時代を重ねながらも彩りを失わない美しさに満ちた姿を、鏡や窓を効果的に使ったカメラワークで切り取っていく。
 住宅の外観も建物自体が味わい深いのだが、昼間の白っぽい光から、夜になると一転して色とりどりの光が瞬き、向かいの部屋の若いカップルの痴話げんかも、まるで映し出された映画を通して過去の思い出を見るかの様に描かれて切ない。
 エレナが劇中で曾孫と一緒に作っていたり、母親が作ってくれたという様々な人形が出てくるのだが、それがまた実に魅力的。

 物語は79歳の誕生日にいきなり電話を掛けてきた古い恋人のアルチル(独居老人とは言え、二ヶ月前に妻を亡くして寂しいから元カノに電話って、どうかと思うぞ)とのプラトニックなロマンスと、彼女の家に同居を始めたアルツハイマー病が進行している娘婿の母親ミランダとの対立が軸になる。
 監督の経歴を紐解くと、ヒロインが監督自身をモデルにしているのは明白だし、アルチルも彼女の亡き夫をイメージしているのだろう。そして、彼女とは真逆の性格と人生を歩んで来たミランダも、実は監督自身の別の一面の投影の様に思える。

 ヒロインを通して語られる・・・過酷な年月の中で経験した悲しみや喜び、齟齬や葛藤、後悔、その全てが豊かな人生と受け止め、つなぎ合わせてこそ、今をより良く生きていけるハズ・・・という老成した監督のメッセージはもっとも・・・もっともなんだが、正しく(実際かなり優秀で人々からの支持も今なお厚い様子が描かれている)誇り高く行動したハズなのに、その行動の結果に実は深く傷付いていたミランダの受け止めきれない悲しみの方が、心に残ってしまうんだよな・・・。

 そして不自由な社会でも、老いでままならない身体であっても、想像力だけは自由だ・・・と、象徴する様にヒロインは過去と現在の二人が踊り続ける夢をみるのだけど、そのシーンだけが今一つ垢抜けないというか、見劣りしてしまうのは、瑞々しい夢を描けるのは若者の特権・・・という現実なのだろうかと、悲しくなってしまった。

 老いの喜びと悲しみに満ちた映画だった。
木蘭

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