真田ピロシキ

メタモルフォーゼの縁側の真田ピロシキのレビュー・感想・評価

メタモルフォーゼの縁側(2022年製作の映画)
4.5
全くのノーマークだったが公開少し前にTwitterで広告が流れてきて気になって、夜見るにも気楽に見れそうで見てみたらこれが大当たり!Twitterもたまには良いことするな。イーロン・マスクには屈するなよ。

話の大筋としては夫を亡くした老婦人の雪(宮本信子)が本を探しに書店に入ったら綺麗な絵のBL漫画が目に入り思わず買ってしまって、その内隠れBL趣味の書店バイトうらら(芦田愛菜)と意見を交わす内に世代を超えた友情を育むというもの。この雪さんは御年75歳で未知の世界に対して拒絶せず好奇心を失わないところが素敵で、よくよく見るとBB-8や尻尾ロボットのQooboらしきものが家にあって彼女の人柄を窺わせる。こういう人はボケないよ。もう若くない自分もこうありたいもの。

初めて同志を得たうららは更に好きが高まって、尻込みしていたものの雪の後押しを得て同人誌を描くことを決意。この四の五の言わずに推しキャラの後が気になるから描くんじゃーというプリミティブな精神が最高に素晴らしい。いやー私もね、好きなキャラができると勝手な続きを妄想するのよね。こういう衝動の描かれ方は映像研やサマーフィルム、『音楽』といった創作フィクションに通じる高揚感。漫画を描くシーンは画面分割にアガる音楽を駆使されておりリズミカルで楽しい!こうしたものこそ尊いと描いているのは漫画の作者コメダ優先生(古川琴音)も原点は同じで、スランプを救ったのがそんな衝動に触れたことであることからも窺える。しかし発表には恐れが伴い、結局うららは売り場に顔を出すことができない。これも表現者にはなれなかった自分には分かり味しかない痛み。

うららは所謂陰キャに属していてBL趣味はひた隠しにしているのだけれど、クラスメイトで幼馴染の紡(高橋恭平)の彼女である英莉(汐谷友希)がBL漫画を読み始めると普通に受け入れられてるのを見て思わず「ズルい」とこぼしてしまう。しかしこの子はそれがただの妬みでしかないことをちゃんと分かっている。向こうは特に何か嫌がらせをしてる訳でもないし。そして最終的には努力してる英莉のことを友達ではなくても素直に応援できるようになる成長を描かれていて、それが実に心地良い。ルサンチマン塗れの害悪オタク万歳な話じゃないの。この映画には悪い人がいない。色々な世代・属性の人に刺さる映画となっている。

老人が主人公の1人なのでその命をドラマの道具に使われるのではと危ぶんでいたが、腰が悪くなるくらいで大事に至りはしなかったのも安い感動ドラマにしてなくて好感が持てる。紡との恋愛ドラマもなく男女の友情として英莉の見送りについて行ってあげるシーンをつけていたところも好き。日本映画にネガティヴなステレオタイプを持っている人に見てほしい。

この映画を語る上で欠かせないのはやはり芦田愛菜。最初の内は貫禄がありすぎて高校生から逸脱してるように感じられていたが、物語が進んで終盤に至ってはcawaii芦田さんの魅力が満載だ。一昨年の『星の子』よりも良いかなと思う。この大人ではない芦田さんが見られるのもあと僅かなので、そういう意味でも見る価値が高いです。

最初から最後までハマって珍しく上映中G-SHOCKで時間を確認することもなかったので満点をつけたいところですが、つい最近同性婚の裁判に対してBLや百合の愛好者や創作者が現実のそれには無関心な事例を見せられたのでそれがややノイズに。『彼女が好きなものは』みたく消費してるにすぎないという視点がないのは物足りなかった。とは言え素晴らしかったので原作漫画も買って読もうと思う。