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メタモルフォーゼの縁側のMoiaiのレビュー・感想・評価

メタモルフォーゼの縁側(2022年製作の映画)
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こちとら長年"推し活"とともに生きてきた人間であるが、もはや生活の隅々にまで浸透しすぎて食傷すらしているこの"推し活"という言葉を、思いっきり洗濯して、たっぷりの太陽の光に当ててカラッカラに干したら、ほかほかですっごくいいにおいがする、みたいな映画。スラダンのために入ったHuluを眺めていたら見つけたので軽い気持ちで見ましたが、もうダメだ、と呟くくらいにマジでずっっっと泣いてた。すみませんが文章を整えている余裕もないので構成無視で感想書き殴りますすみません

まず夢中になれるものに出会ったとき、そしてそれを共有できる仲間と出会ったときの高揚感!オタクなら誰もが知るあの楽しさを疑似体験してるみたいでうれしかった。
そして芦田愛菜さん、あまりに上手すぎる。彼女の身体表現の力もあり、普段は地味で静かなうららちゃんの"走り"がとても雄弁だった。それは恥ずかしさ、嫉妬、悔しさ、喜び、楽しさ、憧れ、決意、あらゆる感情に"メタモルフォーゼ"する可能性を秘めたパワーの象徴で、まさに青春の具現。わたしは街中の全力疾走に並走するショットが大好きであるが、芦田愛菜さんの疾走はすごい。映画史に残るんじゃないかと思うくらいに鮮烈でどきどきした。そんなうららちゃんに触発され、雪さんのときめきや後悔が縁側に蘇る演出もスウィート。老いた身体の限界も描きながら、それでもやっぱりやりたいことをやろうとすることは全然可能だよね!と明確に発信していて希望に満ちている。歳を重ねているからといって誰もが善き人間になるわけではないが、雪さんのチャーミングさは歳を重ねたからこそだよな。

劇中劇は往々にして陳腐になりがちな気がするが、今作は漫画の内容と主人公たちの生活がきれいに重なっていてよかった。コメダ先生パートのボリュームもちょうどいい。
コメダ先生と雪さんうららちゃんをつなぐ触媒となるのは狭い縁側。そういわれれば内と外をぼんやりとつなぐ縁側はまさに宇宙のように永遠に拡がっていくイメージを秘めており、必然的なタイトルだなと感服しました。

誰かの創造がまた新たな創造を生み、誰かを救い、自分自信をも救う。その構図はまさに"推し活"の理想形でありシスターフッドの理想形。わたしも流川と花道の小説を書きたくなってしまったな〜〜〜〜と言いつつまったくBLの素養がないのであれなんですが、ただ、メンズたちがバスケしか見ておらず、女性がほぼ性的対象化されていないことがスラムダンクにハマった理由のひとつなのは確実だと思っているので、BLへの憧憬と安心感はわかるような気がする。今作で夫や父親という枷になりがちな存在が不在だったのも、その気持ちを守るためなのかもしれない。
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