ささ

RRRのささのネタバレレビュー・内容・結末

RRR(2022年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

銃弾の真価とは。
弾を撃ち込む銃がないと意味が無い。
銃があっても持ち手の腕がなければ意味が無い。
狙撃の腕を磨くには強い志や信念が必要。

ラーマが群衆から人を連れて戻る所もあれだけの人々がいても、たった一人、ラーマの信念にはかなわなかった。

そのラーマの信念は父親から引き継がれたもの。目の前で母親と弟を殺されても、父親は自国の解放の時を見据えて、自身を犠牲にしてまでも、その時が来るのをラーマに託す。

そして成長したラーマは権力の象徴の様な拠点の建物を見上げながら、勉学にも励み、意図せずにインド人の評価を上げていた。

占領に屈してしまうのか。
膝を痛めつけたり、肩車の戦い方も、膝を地面につけないという意味があると思った。それは自身の志や信念を曲げない。権力に屈しない。ともとれた。

ビームの拷問が特にそうで、ビーム自身の尊厳を守る為、また自身の信仰の試練として鼓舞し耐え凌ぐ。
その強い意志が国民を奮い立たせる。

ビームは自分から攻撃する事が少なかった。引き裂かれ、殴られ、両の手を縛られても守るモノの為に耐え忍んでいた。

痛みに耐えうるのは屈強な肉体だからではなく、その精神にあると感じた。


ビームは森に住む人間。
自身の人種が酷い扱いを受けてるのを理解していない。
娘が連れ去られたのも始めは歌のお金だと思った程。
都心に行き差別の現状を肌で感じていたのだと思う。

ナートゥーナートゥーも自国をバカにされた時、ラーマの闘志に当てられる。
ラーマはビームよりも多くの時間と体力をかけて耐え忍んでいた。

逆にラーマは長い時間を費やしたぶん、武器を得ることにとらわれ、本質を見失いそうになっていた。そこにビームの拷問を経て武器の本質を理解したと思う。


ビームが建物で娘と出会った時、連れ出そうとすれば捕まっていたし、建物を襲った時も娘を救出できても状況は変わらず、村の人々が傷つけられていたと思う。

また、ラーマもビームや初めの方の石を投げた男性の様な反旗をあげる人がいなければ成功しなかったとも思った。
ささ

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