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トラララのukigumo09のレビュー・感想・評価

トラララ(2021年製作の映画)
3.7
2021年のアルノー・ラリユー、ジャン=マリー・ラリユー監督作品。彼らは兄弟であり巷ではラリユー兄弟として親しまれている。山岳映画を撮っていた祖父の影響で幼いころから映画に触れており、自分たちも撮りたいという情熱を持っていた。10代のころから8ミリフィルムで映画を撮るようになり大学で本格的に映画を学ぶ。1980年代の終わりから数多くの短編作品を作り、映画祭で話題になり始める。『Fin d'été(1999)』で長編デビューを飾るのだが、主人公が週末を過ごす場所としてモンターニュ・ノワールが舞台になるなど田舎や山の映画作家ラリユー兄弟のスタイルは最初から確立されている。『トラララ』で5度目のコンビとなるマチュー・アマルリックとは2000年の中編作品『La Brèche de Roland』が最初の作品。アマルリック演じるローランが妻や子供と自分の名のついた山に登るという山岳映画であった。
2019年CNC(フランス国立映画センター)がジャンル映画の再興プロジェクトの中で、ミュージカル映画の企画を募集しており、魅力的な企画であった『トラララ』は50万ユーロの援助を受け取っている。ミュージカル映画として本作は2つの特徴的なアイデアを持っている。1つ目は吹き替えを使わず役者本人が歌うということだ。これにより単純な歌の巧さよりも、歌うことの楽しさや喜びに重点を置くことになり画面に幸福感が充満している。2つ目は登場人物それぞれに別々の作曲家が曲を用意していることだ。マチュー・アマルリック演じるトラララの曲は以前のラリユー兄弟作品『運命のつくりかた(2003)』でも音楽を担当していたフィリップ・カテリーヌが曲を提供している。このときもマチュー・アマルリックが歌うシーンがあり、相性の良さは本作でも見てとれる。シンガーソングライターのベルトラン・ベリンは自身の曲を歌っているし、ラップ調の曲を歌う兄弟がいるなど、キャラクターに合わせた多彩な曲が用意されている。

48歳のストリートミュージシャンであるトラララ(マチュー・アマルリック)は現代の吟遊詩人のようにパリでエレキギターとアンプを担いでその日暮らしの生活をしている。そんな彼の前に青い服を着たヴィルジニー(ガラティーア・ベルージ)という若い女性が現れる。彼女はトラララに「自分らしくしてはならない」という謎めいた言葉を残し去っていく。彼女の美しさと神秘性からトラララは彼女を聖母と同一視する。彼女が残したライターから彼女はルルドへ向かったと推測したトラララはルルド行きの列車に飛び乗る。巡礼の町として有名なルルドへやって来た彼はホテルの支配人である女性リリ(ジョジアーヌ・バラスコ)から20年前にアメリカに行ったきり行方不明になった息子パットだと思われ歓迎される。それを否定しなかった彼は弟セブ(ベルトラン・ベリン)や元カノのジーニー(メアリー・ティエリー)やバルバラ(マイウェン)出会う(再会⁉︎)ことになる。青い服を着たヴィルジニーはバルバラとパットの娘というのだから、自分の娘に惚れてルルドまでやってきたことになるので、これはあやしいものだ。実際元カノの1人ジーニーは彼と寝て、行為の後でパットと違うと言い当てている。

本作では数ある歌やダンスの中でも雑貨店やベッドルームでのメアリー・ティエリーのパフォーマンスが印象に残る。ルルドという場所や「自分らしくしてはならない」という言葉、ある人物になり替わるという身振りなどからキリストの変容を思わせる構成となっている。自分が変化することで他者の変化を呼び起こし再生させるのだ。この映画を観ると「自分らしくしてはならない」という言葉が新しい自分を発見するための合言葉のように聞こえてくるような不思議な後味の作品だ。
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