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こころの通訳者たち~what a wonderful world~のumisodachiのレビュー・感想・評価

5.0

演劇に手話通訳をつけるという試みを取り上げたドキュメンタリー作品に、今度は視覚障がい者のための音声ガイドをつけようと挑戦するドキュメンタリー。これはね、素晴らしかったよ!!

東京・田端にあるミニシアター、シネマ・チュプキ・タバタ。上映するすべての映画に音声ガイドをつけているユニバーサルシアターであるここで、手話による舞台通訳を描いた映画の音声ガイドを作ることになる。

音声言語をまず「音ではない」言語に変える。それを今度は、また「音で伝える」言語に変える……わけではないのだ。「手話による舞台通訳が介在している舞台」のことが、視覚情報を得られない人に伝わるように変えなければいけない。すごくない?無理じゃない?って思いません?

この途方もないチャレンジを達成するため、シネマ・チュプキ・タバタの平塚プロデューサーはいろいろな人にアドバイスを求める。まずは当事者である視覚障がい者たち、そして舞台で手話通訳をした人々、そして……ハードルが明確になるたびに、彼女は適切な人を呼び集める。そこではこの挑戦の目的が高いレベルで全員に共有され、炙りだされている問題点も共有され、さらにまた別の観点からの問題点が浮かび上がる。そして……ハッキリいって、この作品に収められているのはほぼ「議論」だ。それしかない。それなのに、なぜこんなにも豊かでダイナミックでスリリングで感動的なのか?それは、ここで繰り広げられていることこそが「対話」だと痛いほどわかるからだ。

相手の立場を尊重し、求めていることを理解し、何を言われてもすべて受け入れるという覚悟を持つこと。本作に登場する人物すべてにこの姿勢が貫かれている。当事者でなければ気づきもしなかったことが次々と指摘され、それでもどうにかしたいという熱意が新たな方法を生み出し、それがまた検討され、否定され、そしてまた新たな方法が生まれ……心の底からすごいと思ったし、この世界に生きていて良かったと思った。この映画を観ている90分だけで、私の中の宇宙は確実に広がった。

ただ話し合いをつないでいるだけに見えるが、膨大な発言の中から芯を食ったものだけを見事に取り出して、本質的な議論をストレートに見せた編集手腕にも目を見張った。だって、ものすごく高次元で複雑な議論なんだよ?単純に割り切れないことしかないし、完璧な正解はあり得ない。その中で、全員が最大限納得できる方法を見つける作業であり、それは音声ガイドのセオリーにも当てはまらないものだったりもするわけ。こんなに難解な議論を、90分で誰にでもわかるようにまとめるって並の知性ではできないはず。

上映館は決して多くないけれど、この作品はぜひ見てほしい。中学生なんかには学校で見せるといいと思う。対話とはいかに豊かでクリエイティブで、人間と人間が理解しあうために有益なものかということがこれほどにわかる資料は他にないから。脳天を貫かれたような深い感動を、できるだけ多くの人に味わってほしい。
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