Hiroki

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスのHirokiのレビュー・感想・評価

4.5
さー3/3がやってきまして私はもちろんこちらを観に行きました!
今年とても楽しみにしている3本というのがあって、1つは2022カンヌで批評家からとてつもない高評価を得ていたイエジー・スコリモフスキのロバ映画『E.O.』(5月公開予定)。
2つ目は引退を撤回しておそらく最後の作品になるであろう宮崎駿の『君たちはどう生きるか』(7月公開予定)。
そして3つ目が今作。
なぜかというと2022年3月に北米公開となってからアメリカの友人や批評家が大絶賛していたから。しかも過去に類を見ないほど相当な数の映画好きがレコメンドしていた。
全米の公開数も10館からスタートして翌週には38館に、その翌週には1250館に拡大。
さらにオスカーノミネーションされてから再度1400館で公開。
興収もインディーとしては異例の北米で約7,300万ドル(約100億)で、公開館数的に劣るため『トップガン マーヴェリック』(約7億ドル)や『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』(約4.4億ドル)には当然及ばないものの、製作費がとてつもなく安いためコストパフォーマンスでは2022年の全米1位を記録。(ちなみに最高のエンディング曲『This Is a Life』も予算の都合上当初は無かったが、試写を観たA24サイドが素晴らしいからエンディング曲を作ろうと言ってできたらしい。)
そしてみんな大好きA24配給作でも『ヘレディタリー/継承』を抜いて最高売上を記録。
賞レースでもゴールデングローブで2つ、クリティクス・チョイス・アワード(ex 放送映画批評家協会賞)で5つ、BAFTAで1つ、SAGで4つの賞を授賞。
オスカーでも最多の11ノミネーション。
まさに昨年のアメリカ映画界を彩った作品。

クリエイターは“ダニエルズ”ことダン・クワン&ダニエル・シャイナート。
元々MVなどで活躍していた彼らは2016年の『スイス・アーミー・マン』で長編映画デビュー。
いきなり話題をよび今後が期待されていたが、なぜか次作がダニエル・シャイナート単独の『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』で興収的にも評価的には爆死。
非常に不安な空気が漂う中での今作のスマッシュヒットとなった。(今思えば2016年頃からダン・クワンを中心に今作の準備をしていたらしいので、前作はダニエル・シャイナート単独になったのだろうか?)
そして製作がマルチバースのスペシャリストであるルッソ・ブラザーズ。
もはや万全の体制。

そろそろ本編の内容にいきたいのですが、これ観た人ならわかると思うけど何から触れれば良いのか非常に難しい。
というのもあらゆる要素が入っているんですよね。
コインランドリーの普通のおばさんがマルチバースとカンフーで世界を救うみたいなプロットなんだけど、もちろんただのヒーロー映画ではなくて。
アクション要素はもちろんあるけど。
ファンタジーでもあって、ラブロマンスでもあって、コメディでもあって、ヒューマンドラマでもある。
そして親子の物語でもあるし、夫婦の物語でもあるし、アジア系移民の物語でもあるし、クィアの物語でもあるし。
ちょっと散らかりすぎじゃない?と思うかもしれないけど、物語のブレない軸がきちんとあってそれは愛。
荒唐無稽でも、下品でも、ふざけていても、やっぱり描いているのは色々な形の愛。

ダン・クワンが「突拍子もない話だと思うかもしれないけど、私たちはみんなマルチバースを生きている。毎日出会う人によって色々な私を使い分けているし、インターネットやSNSの中の世界なんてまさにマルチバースじゃない?」とインタビューで話していたのが非常に興味深かった。
そもそもとしてのマルチバースへの考え方が他のクリエイターとは違う。
多元宇宙とか並行世界みたいなものが自分の外にあるのではなく、自分の内にあると考えている。
この話を聞くとまたこの物語は別の視点を持つような気がする。

主人公のエヴリン(ミシェル・ヨー)は並行世界の自分たちの能力(カンフーマスターや料理人や歌手)をダウンロードして戦うんだけど、彼女が世界を救うヒーローに選ばれた理由は優柔不断で飽き性だから。
要はエヴリンは色々な可能性の中でたくさんの事を諦めてきた。それが人よりたくさんある。
だからその分、並行世界の自分(諦めなかった自分)が存在していて強いのだと。
こんな脚本誰が書けます?
ずっとハッキリしない夫のウェイモンド(キー・ホイ・クァン)にイライラしていたエヴリンは、終盤で彼の本当の優しさに気づきます。
そして敵と対峙する時、戦い=暴力によって相手を抑え込むのではなくて赦し=相手が望むモノを与える事によってその場を打開していきます。
そこから他の並行世界の人々をも救っていく。
こんな脚本誰が書けます?

途中からベーグルというのがひとつポイントとして登場する。(ちなみにソーセージも出てくるけどこっちの意味はさっぱりわかりませんでした!)
これはブラックホールの比喩で出てくるんだけど、並行世界の自分によってあらゆる可能性に満ちているという事は逆説的にそこには虚無が存在するという事なんですよね。裏と表。陽と陰。
迷っていて、追い求めていて、まだまだ自分を当てはめる事ができない。
Qはクィアでもありクエスチョニングでもある。
そーいう圧倒的なモノとの戦いこそがダニエルズが愛と共に描きたかった事なのだと思う。

エヴリンの並行世界で1番に出てくるのはカンフーマスターで大女優である自分。これはミシェル・ヨー自身。
ここらへんの描き方も素晴らしいし女優であるシーンを別の映画(『クレイジー・リッチ!』)から引っ張ってきたり、低予算ならではのアイデアも多数あります。
あとは『2001年宇宙の旅』『花様年華』『レミーのおいしいレストラン』などなど多数の名作オマージュシーンもあり、シネフィルが喜ぶような工夫もあって楽しい。

そしてやっぱりアジアン・アメリカンへのリスペクトという意味が非常に強く感じられる。
ED曲にMitski、コスチュームデザインにシャーリー・クラタ、ポスターイラストレーションにジェームズ・ジーンというアジアン・アメリカンのオールスター(Mitskiは正確には日本生まれだけど...)を起用。
政治的な抑圧されていた人々の解放的意味合いもあるのだろうけど、それよりダン・クワン自身を含めた奇抜で特異なクリエイティブの数々を解き放ったというイメージの方が近いかもしれない。
その方がこの映画にはピッタリな気がする。

まだまだ語りたい事はたくさんあるけど本当に夜通しかかりそうなのでここらへんで。
映画を観るたびに私の知らないどこか、このクソみたいな世界とは違う別の素晴らしい場所に、連れていってくれるんじゃないかって期待してしまう。
映画はいつだって現実よりも何歩も先を歩んでいて、そうなるべき未来も、そうなってはいけない未来も指し示してくれる。
だからこそ直視する事ができないような現実がそこにあったとしても、映画を観ている時はバカみたいに笑ったりスクリーンが滲むくらい泣いたりできる。
そーいう映画の素晴らしさを全身でいっぱいに浴びる事ができた。
幸せでした。
スタンディングオベーションを!

最後にオスカーについて。
アメリカの最新情報をいくつか見ていると、
作品賞は今作でほぼ確定。
監督賞もダニエルズ。(個人的にはなんかスピルバーグありそうな気もするけど...)
主演女優賞はミシェル・ヨーが『TAR/ター』のケイト・ブランシェットを一歩リード。
助演男優賞はキー・ホイ・クァンでほぼ確定。
助演女優賞は『イニシェリン島の精霊』のケリー・コンドンをステファニー・スーとジェイミー・リー・カーティスが猛追。しかし2人ノミネーションで票が割れるのが痛いところか。
脚本賞はイニシェリン島のマーティン・マクドナーをダニエルズが追う展開。これは全く異なる2つの素晴らしい脚本だから悩みますよねー。

そしてダニエルズは今後テレビドラマについてはA24と映画についてはユニバーサルと専属契約との事。(テレビドラマはA24に優先権がある契約で、映画はユニバーサルからしか公開できない契約。)
筆が遅い事で有名な2人ですが「今作がヒットしたからといって何も変わらない。次作もヒットするかもしれないし失敗するかもしれない。ずっとそんな状態でいたい。」とインタビューで話していました。
そーいう妥協をせずに誰にも媚びない姿勢こそが私たちが愛するダニエルズ!
正直トップガンマーヴェリックみたいに全員が称賛している作品て少し気持ちが悪い。(ちなみにトップガン自体は良い映画です!)
嫌いな人からはブーイングを、好きな人からは愛を。そんな映画をこれからも作って欲しい。
次回作も首を長くして待ちたいと思います。

2023-15
Hiroki

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