このレビューはネタバレを含みます
マルチバースは自分の可能性を見せてくれる。
"もし結婚していなければ"
"もし歌手になっていれば"
"もし料理人になっていれば"
一見素晴らしいようでその終着点にあるのは絶望であり虚無であると、この映画は示す。
同じような設定だとサム・ライミ作の『ドクター・ストレンジMoM』がある。そこでは別の次元の自分を覗いてしまったが為に絶望してしまうワンダが描かれている。
本作の敵もワンダと同じようにあらゆる世界線の自分を見た果てに絶望し、虚無となってしまった存在、ジョブ・トゥパキ(娘ジョイ)だ。
そんな彼女の心にぽっかりと空いてしまった穴を埋めるのは"優しさ"であった。
無意味でちっぽけな人生だとしても、目の前の人に優しくすることが出来ればそれだけで十分意味のある人生なのではないか。
この映画はそう優しく背中を押してくれる。
前半はマルチバースを軸にSFアクション/コメディで展開される。
敵が娘と判明すると次第に話の中心は家族へ。
マルチバースという壮大な規模で始まった物語は、家族というとても小さなものへと集約していった。
モノクロな毎日でも"優しさ"があれば日々が彩られていく。
そんなミスチルの曲が聞こえてくるような。
なんて温かく慈愛に満ちた映画なのだろうか。
ラストカットでは家族がやっと一堂に会する。
ファーストカットでのあの丸い鏡に写っていた家族の姿を思い出し落涙。
ポスターや予告の"手作り感"からなぜアカデミー賞?!と思ってしまったがまんまとやられた。
マルチバースの設定を十二分に活かし、多様性やネット社会、移民など様々なテーマを見事にまとめ上げた監督の手腕に脱帽。
生命が誕生できなかった世界線での静かな会話にもグッときた。
この映画が作品賞を受賞する世界線に生まれてよかったなぁ…。