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エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスのDのレビュー・感想・評価

4.9
2023年 21本目

昔は、正しい行いとはなにか、善いこととはなにか、美しいものとはなにか、といった価値について、すべての人々が同じ基準を持つことができると信じられてきた。しかし、多様性の時代を生きる現代においては、正しいものなんて何もない、人生に意味なんてない、といった価値観が万人で共有されつつある。Twitterでなにか意見を呟けばあらゆる批判(クソリプ)が寄せられ、明るく楽しく生きてきた人がたった一度のミスでメディアに晒され袋叩きにされてその後の人生をムチャクチャにすることだってある。逆に、飲み屋でたまたま喋ったクソジジイと意気投合をして、仕事を斡旋されて思いもよらず給与が格段にアップして生活が豊かになることだってある。「あのときああしていたら。このときこうしていたら。」と今までの人生の選択肢を思い返してみると、ありとあらゆる自分が存在していただろうと想像することができる。夢のような思考である反面、どのような人生を歩んでいようがそれは偶然の積み重ねによる産物でしかなく、生きる理由について考えることのバカバカしさ、無意味さにも気付く。そんな現代を生きる我々がみな考えてきた葛藤を、「エブリシングエブリウェアオールアットワンス(以下、エブエブ)」では、マルチバースを用いて映像化されている。

1999年、映画「マトリックス」が、武術や知能を自身にインストールして仮想世界(現実)で救世主として活躍するSF世界を描いた。20年の時を経て作られたSFであるエブエブも、まったく同じ構造ではあるものの、「別宇宙の自分(あのときああしていたらこうなっていた自分)をインストールする」という設定が付与されている。このアイデアは、非常に画期的で、SFの歴史を一歩前に進めてくれたと思う。
 現在、我々が当たり前のように使っているインターネットにも、マルチバースに似たような側面がある。自分の好きな名前(ハンドルネーム)を設定し、自分の好きな世界(ゲーム・SNS)を選んで、自分の好きなように遊ぶことができる。楽しくて何よりだ。もっともっと楽しみたい。もっとすごいものを作ってくれ!と誰しもが思うだろう。それでは今後、もっと自由度が高いゲームが作られて、VRなどによってもっとリアリティがある世界を楽しむことができるようになったら、果たして我々はもっと幸せになることができるのだろうか。
 また、現代のテクノロジー技術では武術を自分自身にインストールすることはできないが、どこか目的地に行くときに昔のように地図や電車の時刻表を買って細かい文字を目を細めながら調べたりする必要はなくなった。スマホひとつで事足りる。映画を見に行くにしても週末に届いた新聞を引っ張り出してきてどの映画館でなにを何時にやっているか調べる必要はなくなった。友達との待ち合わせだって急遽遅刻で待ち合わせ場所に間に合わないなんてときも、メッセージひとつで解決する。(携帯がある前は少し遅刻しようものならその一日結局会うことができずじまいで、バックレは友情に大きなヒビが入る一大事であった)
 少しずつではあるが、テクノロジーによって我々の生活は着実に便利で豊かになりつつある。それでは今後、面倒で億劫なことがすべてテクノロジーによって解決し、やりたいことならなんでもできる世界になったら、果たして我々はもっと幸せになることができるのだろうか。

テクノロジーの発展が行き着く先に、人間は一体何を思うのか。そしてその未来がもしも絶望だったとき、我々は一体どうすればよいのか。この映画ではそのヒントを得ることができる。
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