YAEPIN

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスのYAEPINのレビュー・感想・評価

3.7
今回のアカデミー賞は下馬評も何もチェックしていなかったが、予告編を観る限りでまさか本作がアカデミー賞を総なめにするとは思っていなかった。

ただ実際観てみると、表面上の奇抜さはありつつも、マルチバースを舞台に、抑圧された自己の肯定と解放、他者、そして何より家族との融和を成し遂げるという、現代のトレンドをお手本のように詰め込んだ作品だと思った。

設定もアクションも突拍子ないので、主人公に対して抑圧的な父親と反抗的な娘は時空の狭間に追いやってしまう、くらいのことがあってもおかしくないと思っていたが、最終的にはどこか既視感のある「家族愛」に収斂されていく。
ある意味非常に正統派なアクションコメディ作品と言えるし、それゆえ先が読みやすくて終盤は若干ウトウトしてしまった。

分岐した世界に多数存在する主人公の自己のひとつに、夫と駆け落ちしないことで(何故か)カンフースターとなり、夫も子供もいないが名声を手に入れている姿があり、主人公がそこにかなり憧れを抱く、という展開は興味深かった。
家族がテーマになる映画では、婚姻関係、まして子供の存在は絶対視されることが多いが、それらを全て取り去った時の可能性についても否定しないことには新規性があると感じた。
主人公が技を手に入れるために跳躍する過程で、これまでの様々な選択の記憶がフラッシュバックしていくが、そこに夫とのセックス、妊娠まで差し込まれていて、それらは必然ではなく、あくまでひとつの「選択」であったと示唆していると言える。

親との関係、子との関係、そしてそれを超えた3世代間での融和に向けた試行錯誤は、様々な世界線の行き来の中で実行されていくが、最終的にはそのどれかひとつの世界線だけで実現するのではなく、複数の世界線が相互に影響しあって良い方向に向かっていく。
白黒つけすぎない大人な構成で、美しくまとめられていた。

本作はカンフー映画、アクションコメディ映画としてエキサイティングであるのに加え、社会性に富んだメッセージが提示されていることが評価されたように思う。
しかしもともとはジャッキー・チェンを主演に考えていたそうで、その場合ここまで掘り下げた社会性が伴っていたかは正直謎である。
作中では、女性、米国のアジア人移民、ゲイの娘を持つ母としての主人公の生きづらさにフォーカスが当たる割合が大きかったが、それはもう大前提として、更に先の示唆があることを期待していた。

本作はアカデミー賞において、SF映画初の作品賞、アジア人初の主演女優賞を獲得したが、性具を武器にしたアクションとしても初めての受賞になったことと思う。
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