ジャン黒糖

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスのジャン黒糖のレビュー・感想・評価

4.1
本国で公開され話題になってから、ずっと観たかった本作!
アカデミー賞作品賞まで受賞し、いよいよ2020年代を代表する映画になるのは間違いない。
というか、それ以上に、マルチバースという複雑なSF世界観を、これでもかというアイデア・手数の多さと映画的表現のバリエーションの豊かさで、しかもアジア人主要キャストのアメリカ映画で描くあたり、MCUがフェーズ4以降目指してきたであろう領域に対し、完全に完膚なきまでに打ちのめしちゃったとさえ思った。
(しかもプロデューサーとしてルッソ兄弟、そして彼らが率いるAGBO製作という強力布陣!)

別世界と繋がるアイテムや"バース・ジャンプ"のバカバカしいやり方など、フレッシュでありながら『マトリックス』の映画史に残る印象的な仮想世界との接続方法をダニエルズ流に、ちゃんと現代的にアップデートしている。
MCUの輪っか移動はもう飽きたよ!!

また、アクションひとつにしても、これは好みの問題かもしれないけど、『シャンチー』が香港アクションというよりは『グリーンデスティニー』などの系譜を継ぐ重力無視の武侠アクションで個人的には不満だったのに対し、本作は大好きジャッキーの遺伝子の如き、日常道具を活かした、思わず笑っちゃうカンフーアクションで最高!
ポーチやトロフィー、アダルトグッズなど、道具を使ったアクションが豊富で強烈なインパクトが残る。
ちなみに先日、本作でアカデミー助演女優賞を受賞したジェイミー・リー・カーティスがインスタで各映画賞のトロフィーと一緒に本作に登場するあの”トロフィー”を並べている写真を投稿していて、本作を観たあとだと思わずニヤニヤしてしまった笑

アクションの巧みさと下品さ、衣装の見窄らしさとド派手さなど、振り幅の広さは本当映画クレしんを実写で観ているみたい笑
特にダニエル・シャイナート監督自ら嬉々として演じるSM好きの男や、ステファニー・スー変化の激しい娘はマジで映画クレしんだった!笑
(本作の大人なお下劣さは一部本当下品で、思わず「これがアカデミー賞作品賞か…w」と唖然と笑ってしまった笑)

そして、MCUにおけるマルチバースが単にファンサービスのギミックとしてしか表現されているように思えた(ドクターストレンジMoMにおける別バースのアベンジャーズや、スパイダーマンNWHの別バースからきた彼らの扱いなど…)のに対し、本作におけるマルチバースはちゃんとストーリーのテーマ、メッセージとして必然性を感じた。

たとえば"突拍子もない変なことをすることで別世界の自分とリンクできる"、という描写そのものは映画クレしん並みに一見すると馬鹿げている。
ただ、これも"いつもの自分とちょっと違う行動をしてみることで新しい一面に気付き、自分の可能性が広がる"と言い換えてみると、本作が自分ごととして見えてくる。
だからこそあの手この手のアホで突拍子もない行為をすることで色々なバースの自分とリンクできたエヴリンが、前半、マルチバースの存在を理解し始めた頃、自分にもあったかもしれない別の可能性の自分に図らずも羨んでしまう場面は、思わずグッと込み上げてしまうものがあった。
しがないサラリーマンやってる自分にだって、大好きな映画業界にどっぷり浸かってる可能性だってあったんだ!

また、本作は全部で大きく3章に別れるが、最初の章で「マルチバースを通じて無限の可能性が自分にはある」ことに気づく主人公が2章で、でも別の可能性も必ずしも全てが万事幸せなわけではないことを知り、3章で無限に可能性があることを知りながら、それでも今の人生を選んだ自分を肯定する、だけではまだダメで、他者理解したうえで"他人に親切に"行動変化していこうとする、という着地はとても感動的。

同性カップルである娘に対し、祖父の無理解を建前に本当は自身もやっかんでいたエヴリンが後半、一応は娘を理解したつもりで発言する場面があるが、その時点ではまだ自己肯定しようとしただけ。
却って娘の怒りを買ってしまい、ラストの駐車場での会話劇に発展する展開はとてもリアル。

マルチバースと接続することで色々な可能性を見出したエヴリン。
でも、他の可能性とて、必ずしも良いことばかりではない。
いつどこで誰と出会い、どんな可能性のある人生を歩むことになるか、誰にもわからない。
でもそんな不透明な世の中でも唯一できること、それは他人に親切であろうとする気持ち。

普段面と向かって接している人がSNSでは全然違う一面を持っていた、ということはいまの時代、さほど不思議でない世の中になってきた。
そんな一面だけを切り取ってバッシングすることだってできる。
ただ、その一面はあくまで一面に過ぎない。
そんな、一面しか知らない自分たちがより良い世の中を生き抜くためにできること、それはより他人に対して親切であろう、とすること。

そんな哲学的なテーマが2章以降に展開される。
だからこそのマルチバースだったのか、と。

この必然性こそ、MCUフェーズ4以降の煮え切らないマルチバース展開には明らかにアイデア不足と感じてしまう点であり、これが作られちゃうとなかなかMCU、これを超えるマルチバースは難しいのでは?と思ってしまった。


そして、さらに本作がより決定的にMCUを打ちのめしてしまったな、と思ったもうひとつの要素が、これもいまとなっては言うまでもなく、これ以上ない見事なキャスティング。

ミシェル・ヨーのさすがの貫禄、目まぐるしい世界観の中での堂々たる存在感はいうまでもなく、やはりキー・ホイ・クァン!
『グーニーズ』『〜魔宮の伝説』を知っている人なら誰しも、子役以降の彼の長い“その後“を踏まえると、本作のテーマである"あったかもしれない無限の可能性"とぴったり合って目頭熱くなるものがあるし、彼の出る場面は全部最高だった!
前半の複数バースの同一人物を演じ分けるジャッキー・チェンのようなコミカルさ、スタントのこなしもよかったし中盤のウォン・カーワイ映画のような夜の街角でのワンシーンの大人な色気、そして終盤にかけて一気に涙誘う名演!最高でしょ!

彼のフィルモグラフィを知っているからこその先日のアカデミー授賞式での感動的な場面をはじめ、各賞レースでの彼ら出演陣のアツいスピーチも相まって、この映画が持つエネルギーが最高潮の状態で観に行くことができてよかった。

ダイバーシティが謳われる昨今にアジア人主要キャスト、しかも主演は60代というこれまでのハリウッドの常識からは逸脱した作品が、ましてアカデミー賞まで総ざらいしてしまったいま、これを上回るマルチバース映画って今後作られるのかなぁ?と、完全にMCU側のハードルがあがってしまったように思う。
演出、作品テーマ性、キャスティング、どれをとってもお世辞抜きにタイムループ映画における『恋はデジャ・ブ』のように、マルチバース映画において決定的な一本が登場してしまった。
いやー、こういう映画に出会えるから映画って本当に面白い!
ジャン黒糖

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