春とヒコーキ土岡哲朗

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスの春とヒコーキ土岡哲朗のレビュー・感想・評価

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マルチバースが流行っても、我々にある世界は一つだけ。

壮大なSFで、普通の親子の話。娘を理解せずに忙しさに追われる母親が、突然マルチバースの戦いに巻き込まれる。しかし、黒幕は別の宇宙の娘。戦いの発端は、そっちの世界の自分が娘に理想を押し付けたこと。派手な格好でスペースオペラの悪役っぽい恰好の娘と戦うが、最後は自分の世界の普通の服装の娘と和解できるかどうかがクライマックスになる。それがいい。壮大な世界を股にかけて、描かれているのはずっと、忙しさで娘を見てあげない母親と、疲れて心を閉ざした娘のすれ違いと衝突の話。良くも悪くも、日常に転がっている愛やストレスがマルチバース規模のエネルギーを持っている。

生きられるのは一つの世界だけ。どうせどの世界でも「こんな未来は望んでなかった。選択を間違えた」とないものねだりをする。自分が選択肢を選んで今の世界があるのだから、それを責任持って受け入れ、今の世界をかけがえのない世界として過ごす。娘の「本当に意味のある時間なんてない」に対し、母は「なら、その時間を大切に過ごす」と答える。変わるのは相手や世界ではない。自分が大切にするかどうか。
マルチバースがマーベル映画によってトレンドになっているが、そんなものはフィクション。マルチバースにワクワクしても現実逃避になるだけ。この映画はマルチバースを使って、「でも生きられるのはたった一つの人生だけで、ないものねだりをしても不幸になるだけ」と描いている。