ねつき

すずめの戸締まりのねつきのネタバレレビュー・内容・結末

すずめの戸締まり(2022年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

「いってきます」

ずるいな。この題材はずるいと思った。
日本国民の記憶に新しい「あの日」を題材にしたエンタメ(と言っていいのか)って、今んとこあったっけ?少なくともここまでビッグネームではなかったと思う。「火垂るの墓」しかり「この世界の片隅に」しかり、こういう国民に心の傷を作った出来事は、時間をかけて作品にされ、当時に思いを馳せ、傷は塞がぬまま大切に、自分の一部へと浄化していく。3.11もその対象である、ということが、自分の中の盲点だったことが、自分でも意外だった。
「君の名は。」「天気の子」と興行収入がうんたら〜!と言われ大ヒットを生んだ新海誠。この人が作るからものすごく意味のある作品になっていることが、悔しいけど確か。3.11のことなんだ、と気づいた時、「そうだったこの監督って、そういう裏切りをしてくる人だった」って思い出させられた。ファンタジー色たっぷりに物語が始まり、このまま終わる?と思った前半。抽象的な「災害」の話ではなく、ピンポイントに「あの日」の話をされては、もうこの物語はフィクションではなくなる。「あの日」は国民全員にあって、「あの日」は各々の浄化の仕方で、各々に思いがあるんだから。そういう題材を見つけてきたって言うと失礼だけど、設定したのはクリエイター?という観点でもう脱帽でしかない。そんでファンタジーがすぎてお腹いっぱいだな〜と思っていたが、「あの日」が題材であるのなら話は別。ここに着地するのなら、始まりはファンタジーでなければ受け入れられない。3.11と明かされてからの登場人物たちのセリフは、もはや映画の中のセリフではなく、画面の外の「あの日を知るあなた」に発せられたものだから、もうエンタメとしてはみられない。心に刺さる刺さる。

私が3.11だ、とやっと気づいたのは、絵日記のところ。
3.11から先が真っ黒にぬられるすずめの日記帳。何ページも何ページもめくっていったところに、ちゃんと光があった。
3.11なんだ、と気づいた瞬間に「うわっ…」と思った。バカだから「え?いやいや、あれからそんな時間経ってないよね?あの時の子達高校生になってる?……いや、なってるわ、12年前なんだわ」とやっと気づいて、鳥肌。私あの時高校生だった。

震災の火事の中母親を探すすずめ。アニメだし、現実はもっともっと悲惨な状況だったはずだけど。ああ私どうして、と思った。あの時どうして、今までどうして、もっと向き合ってなかったんだろ。あんな悲惨なことがあって、どうして普通に生きてたんだろ。なんで今まで考えてこなかったんだろ。こんな中生きてきた人たちがいるのに、いたのに。「いってきます。」と扉を開けて帰ってこられなかった人たちが、いたのに。そういうの見て見ぬ振りしてた。子供だったな、すごく子供だった。私は高1だった。そしてあの時4歳だった子が、今、高1だった。
すずめの最後のセリフ、ありがとう、と思った。あの時の全ての人に言っているんだよね。映画だったらただのくさい言葉だけど、現実に向けて話されてるのなら話は別。「生きるか死ぬかなんて、ただの運なので」っていう言葉とか。そういう思いで、今生きている、のかなぁ。




見終わった後友人と話したが、「15歳以上(あの日の記憶がある人たち)には全員刺さるよね」「でも(あの日の記憶がない)0〜15歳の人たちは、単純にエンタメとして面白い出来だよね」「最強じゃん」という話になった。おそろしく穴がない。結果論かもしれないが。
でも阿部さんの事件で眠れなくなってしまっていたような、繊細な心の友人には勧められないな。


ただ心をゼロにして、ただのエンタメとしてみたら、別に話は面白くないです。
だから2度3度見る、とかではなく(見るのは自由)、この映画から何を考えたか、それが大切なんじゃないかと、私は思った。
ねつき

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