おいなり

すずめの戸締まりのおいなりのネタバレレビュー・内容・結末

すずめの戸締まり(2022年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

「好きな子ひとりを救うためなら世界も運命もねじ曲げる」みたいな、セカイ系の行き着く先というか、高二病を一生患ってる新海誠の最新作は、珍しくポジティブ100%。

災いの扉を閉めてまわるというファンタジー要素と、災害の被災者という現実的な要素を結びつけて、これはまた賛否呼びそうだなぁとは思ったけど、思いの外軽妙なロードムービー感がエグ味を中和していて、あの震災から10年以上経った今だからできるエンタメ作品だなという感もある。

いろんな町の描き方が、写実を超える美しさの風景と、やけにリアルな薄汚さのコントラストで描かれていて、いかにも新海監督らしい。坂と海の宮崎、愛媛の田舎の旅館、神戸の場末のスナック、そして……宮城。
些細なことだけど、土地土地でちゃんとその地の方言をキャラクターが喋ってくれるのがいいですよね。めっちゃ昔の話で恐縮だけど、センチメンタル・グラフィティで日本中飛び回っても女の子全員標準語だったのが釈然としなかったことを思い出した。なんですずめだけ方言じゃないのかは気になったけど。



震災の記憶は遠くなりつつあるけど、被災者はそのことをいつまでも忘れない。僕も幼い頃の阪神大震災の恐怖、非日常感の記憶はまだ鮮明に残ってます。当事者でなくても、繰り返しテレビで見た映像、昨日まで当たり前にあったものが突然なくなったり、破壊されたりする恐ろしさは、あの時生きていた日本人全員に刷り込まれてる。
だからそこに踏み込んでいくのって、僕たちが考えるよりまだ早いんじゃないかという気持ちも確かにあって。でも今だからこそできた物語でもあるのかな。
すずめみたいに突然親をなくした子供も現実にはたくさんいて。そういう、一生癒えない傷を抱える人たちが、日本全国でヒットしている本作のすずめの奮闘と癒しをみて、どんなふうに感じるのか、恐ろしさもある。
そして、日本人と地震の関係は、現在進行形でこれからも切れることはない。

僕は決して、「天気の子」のラストの選択は否定しないけれど、本作がいちおうのハッピーエンドで終わったこと(そして、映画の中とはいえ大きな被害なく災いが収束したこと)に、すごく安堵感があったのは事実です。



久しぶりにちゃんとしたロードムービーを観た、という充足感。愛媛とか神戸とか、けっこう身近な地方が舞台になってたのも僕的には◯。聖地巡礼が捗るね。
行く先々で縁を結んで、共に旅する仲間と絆を深めて……という、もう王道の旅映画ですね。これだけいろんな土地やそこに住む人が出てきて、たくさんエピソード詰め込んでも、決して先走らずゆっくり丁寧に描き込んでまとめあげる手腕、ほんと新海監督の「監督力」の高さを感じる。陳腐だけど、やっぱり天才だよこの人。
ボーイミーツガール、美しい景色、美味そうな飯、宙を舞うスペクタクル……、様式美でも毎回観たいと思わせてくれる。次はいったい何を見せてくれるのか。



結局最後までダイジンのやりたかったことがよくわからなくて、なんやかや関係性がウヤムヤなまま、彼らを犠牲にしてしまうことにすごく違和感を感じて、そこでちょっと冷めちゃった感は拭えない。
その善悪両義性が「まぁ神様だから」としか言及されなくて、それでええんか???もう少し感情移入できる描写があればよかったんだけど、便利な道具として奇跡に消費されてしまったように感じられてしまった。
何回か観れば感想も変わるかも知れないけど、ほかのキャラクターと比較して、ダイジンたちの描き方だけ妙に記号的に思えた。

オチもけっこう予定調和ではあったけど、幼少期のすずめはもうかわいそうすぎて涙なしには見れない。



いちばん好きなキャラクターは環おばさんです。深津絵里が好きなので。
すずめに対する愛情も本当だし、その奥に抱えてる蟠りも本当。「でもそれだけじゃないからね」という短い言葉だけで通じ合える二人の絆は、本作でいちばんぐっとくるシークエンスだった。
大人だから保護者だから完璧に描こうとするんじゃなくて、責任感を持ちながらも一人の人間としての等身大性を尊重する、それを演じた深津絵里の演技も含めて、いいキャラクターだなと感じた。
新海作品になるとみんな急に声優が上手くなるの不思議なんですよね。俳優の副業でやってる人たちより断然聞きやすいし、本職声優ほど嘘くさくない、絶妙なさじ加減。どんな演技指導してるんだろう。
おいなり

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