今日も喉が痛い

すずめの戸締まりの今日も喉が痛いのレビュー・感想・評価

すずめの戸締まり(2022年製作の映画)
3.9
面倒さいなぁあー面倒くさい!ワールドカップあるし!と放ったらかしてたんですが、今年観た映画は今年の内に!とさっき思ったので溜まってるのも頑張って書きます。

新海誠映画は映画館をジャックするので、なんだよもう!と言いながらも実はもう2回観てます。その内の1回目はちょっとイレギュラー的だったのでもう一度観たくてという感じではなかったんだけど、とにかく2回観て思ったのは、あっ!これが…これがエモいって事なのか!って事でしたね。エモといえば音楽のジャンルでしか認識してなかったのでやたら若者に使われる「エモい」がピンと来なかったんだけど理解した。うん、エモいなぁ。エモすぎて体が痒くなる感じだ。だけどこれが良いんだろう。俺は泣くのを我慢していたね。全身にエモいを浴びながら泣くもんかと。


自然と共に生きていくというのは、人々を美しく感動させ、人々を残酷に奈落の底へ突き落とし悲しませる。
「いってらっしゃい」「いってきます」「ただいま」「おかえり」
なんて事のない日常を我々から奪う。なんて事のない日常がこんなにも大切で幸福な時間だったのかを思い出す。
これを観て毎日もっと大切に生きようと思った人は沢山いると思う。それだけでこの映画が作られた価値はあると思う。
しかーし、である。閉じ師なるものがいるんだと設定すると、お前あの時何してたん?じゃあお前のせいじゃん!みたいな、そういう話になってくる。説明してくんないし。
でも天災って別にそういう事ではないじゃん。理不尽にやってきてどうにかこうにか受け入れて向き合って少しずつ前に進んでいくしかないんじゃん。
それが陰謀論めいた止められたかもしれないって話にもなるって俺が鈴芽だったらもうちゃんと向き合えなくなりそうよ。人工地震説とか当時からあったけどああいうのマジで嫌いなんだよ。

2回目は蝶々中心に観てたんだけどちょいちょい出てくるんだよね。一匹だけ出て来た!アゲハも出てきた!蝶々結びじゃないか!と錯乱と混乱をもたらしただけで、この蝶々は死と再生のなんちゃらだ!とかズバッ!と言えばカッコいいんでしょうが、まぁハッキリは分からんかったね。後、蝶というのは死者の甦った姿という話は聞きますが、そうなるとけっこう沼にハマりそうなので俺はやめとく。解放されたいので。笑

どこでもドアに魔女の宅急便と連想させるアニメや漫画はあったが、宗像という名前で星野之宣の『宗像教授伝奇考』を思い浮かべた人もいるんではないだろうか。あのハゲおじさんの話面白いんだよね。また読み返そう。

思い出した話があって水木しげる作品に『やまたのおろち』という作品がありまして、その中に“呼子”という妖怪が出てくるんですね。呼子というのは「ヤッホー」を返してくる山でお馴染みの山彦なんですが、その山彦の正体は実は下半身が木の根になってる妖怪で、その場所から身動き取れないので山に呼びかける声に応えていたという事なんですね。そうやって人が訪ねてくるのを待ち続けてるんです。つまり誰かと入れ替わるまで移動する事も出来ないんですね。解放石という石を持ち、やってくる人間をその石に閉じ込める。その解放石の中といいますと不思議な世界で天国の様な地獄の様なまぁ常世みたいな場所なんですが、そこから解放する代わりに自分と入れ替わるよう約束させる。で主に誰を待ってるかってって迷いこんでくる子供なんですね。僕はダイジンは子供やと思いましたんで人柱的なね。そんな話を思い出したりしました。
水木しげるに限らずこういった話は日本には沢山あるでしょうがあえて言います!新海誠は『やまたのおろち』を参考にした説!聞いた事ないど!必殺出します!知らんけど!

ランボーオマージュが話題になりましたけど
「何も終わっちゃいない。 私にとって震災はまだ続いたままだ。」
と言い変えると、すずめランボー説も間違いじゃない気がしますね。