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生きる LIVINGのayのレビュー・感想・評価

生きる LIVING(2022年製作の映画)
3.5
Filmarks試写会にて鑑賞。カズオ・イシグロの脚本というポイントにひかれて。

1950年代のロンドン。書類の山に埋もれ毎日を無為に過ごしてきた役所の市民課勤めのウィリアムズは、余命宣告を受けてはじめて人生の楽しみ方も何もわかってない自分に気がついて、ショックで心のバランスを崩してしまう。 

試写会から帰って、かなり久しぶりに黒澤明の「生きる」をみなおしてみたら、基本ストーリーや構成は同じでも、舞台が英国に移ったこと以外にも印象的な、リメイク版の独自の脚色がいくつかあった。わかりやすいところだと、リメイク版には主人公のことを親身になって気にかける若い部下が出てくる。そして、主人公が結局のところ何に動かされて自分の行動を変えてくのかが、リメイク版はオリジナル版とはニュアンスが微妙に違ってて、その違いにカズオ・イシグロ脚本らしい味を感じた。

オリジナル版の志村喬演じる市民課長・渡辺は、限りある時間のなかでお尻に火がついても、個人の願望をはっきりと表に出すようになったというよりか、とにかく目の前のことにとりかかって何とかしはじめた感じが強くする。市役所の縦割組織の慣習の批判にオリジナル版はもっと時間が割かれてて(オリジナル版よりリメイク版は約40分短い)、哀愁や皮肉まじりの作品のトーンは基本重々しい。

リメイク版のビル・ナイ演じるウィリアムズは、自分の理想とか熱心さをもうちょっと素直に表すところがあって、”英国紳士になりたかった”、と本心からの願望を口にする。小さくても何かをつくって後に残すことよりも、個人の責任で今を生きることを充実させていくあり方とか自己実現のほうに価値を置いた脚本、という感じがした。人生の傍観者にならずに前に進もうとする個人への賛美が、よりくっきりしてて、けっこう励まされた。

クラシックな雰囲気のなかに俯瞰ショットを多用して動きとメリハリのある映像で、劇伴の効果もあって活気にみちた明るいトーンで、かなり広く受け入れられやすい作品になってるし意味あるリメイクなんじゃないかなって思えた。 
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