柿トマト

生きる LIVINGの柿トマトのレビュー・感想・評価

生きる LIVING(2022年製作の映画)
3.0
ジェネリック黒澤明版『生きる』

『生きる LIVING』は黒澤明の名作をリメイクした作品。1953年のイギリスを舞台に公務員のウィリアムズ(ビル・ナイ)が癌の宣告を受けてから、如何にこれまでの人生の無意味さ、残された時間に向き合う物語となっている。本作の見どころは小説家のカズオ・イシグロが脚本に携わっているところだろうか。カズオ・イシグロといえばノーベル文学賞を受賞したり、「日の名残り」「わたしを離さないで」が映画化されたりしている人物。原作からどれだけイギリス風に翻訳さてれいるかが鍵だっただろう。

正直に書いてしまうと、本作は黒澤版『生きる』をそっくりそのままイギリスに移植したものだった。黒澤版と同様のエピソードがあり、その中には息子夫婦による邪険な扱いや酒場での帽子の強奪といった要素もある。露悪的に書くと、もうここまで一緒にするならリメイク作を見なくてもいいのかなと思えてしまう。さらに苦言をいうと、黒澤版にはあった東京の雑多な雰囲気、暗い汚い当時の町の風俗も本作には皆無で、どこか「さわやか」かつ「綺麗」な画作りが見える。黒澤版にある汚い東京描写があるからこそ、美しい公園というのがより鮮明に見えるのではないだろうか。元から「クリーン」な本作は目で見える感動が損なわれていて残念だ。

しかしながら、全く悪い映画でもない。生きる意味を見出すことになる女性との会話も素晴らしいし、公園建設に向けて奔走する回想も正直目が潤んでしまった。「生きるとは何か」といういつの時代も変わらない普遍的なテーマを“真正面”から取り扱ってくれているのも好感が持てる。これがきっかけで黒澤版を見返しても良いし、本作が好きになった人がいれば、そこから誰かに受け継いでいくことが映画文化の素晴らしいところなのではないだろうか。
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