烏丸メヰ

マザーズの烏丸メヰのレビュー・感想・評価

マザーズ(2016年製作の映画)
2.8
何も分からない(理解できないというより、明かされない)が、映像と構図と雰囲気は抜群に良い映画。

幼い子供を母に預け、お金のために、人里離れた大自然の中に建つ屋敷での住み込み家政婦を始めたシングルマザーのエレナ。
屋敷に住む夫婦は自給自足のベジタリアンで、妻のルイスはオーガニックとスピリチュアルにも傾倒している。
そんなルイスと仲良くなり、彼女が死産の後、妊娠できない体になったと知ったエレナは、
「大金と引き換えに、保存してある卵子の“代理母”になって欲しい」
という頼みを聞き入れる……。

画面がとにかく暗く、真っ暗な部屋で観ないと画面全体で起きていることすら目視できない。
更に独特な音による演出もあり、映画館での鑑賞ありきの映像芸術のつくりだと思えた。

“観る者それぞれの中に答えを想像させる、結末や要点宙ぶらりんアーティスティック映画”の典型。
怪異が怪異かさえもはっきりとは語られず、結末の意味さえあやふやである。
なので好き嫌いはかなり分かれる映画だと思うし、私もこの手の抽象的な映画は好きではないのだが、思わせぶりで想像しやすい描写が比較的分かりやすい点以上に引き込まれたのは、私が精神的にも肉体的にも女性だからかもしれない。

たとえばよく耳にする
「妊娠したら米の匂いが苦手になって、苦手だった梅干しを食べたくてたまらなくなった」
などの生理的体験談さえ、妊娠経験のある人には「普通の事」だが、妊娠したことのない人間からするとそれだけで不思議だし、私は我が身に突然それが起ころうものなら恐怖でしかないだろう。
何が異変で何が自然なのか。
何が胎児によるもので、何が母体の生理現象で、何が説明のつかない怪異なのか。
自分にとっての違和感や不安が、他者にとってはそんなものではない、というだけで戸惑ってしまうし、孤独だ。
原因不明、かつ、誰も助けてくれないのだから。
しかも本作の主人公は私と違い過去に出産経験があり、それでも今回の妊娠では体調の変化にはっきりと違和感を覚え、しかし医者や親は「自然な事」と言う。

そしてルイスが“母親”であることと、己が“母体”であることからそれぞれに湧き上がる感情。
混乱と孤独と苦痛に掻き乱されるエレナは、“母親”ルイスのエゴや傲慢なまでの強かさと、“母体”である自分の心身の辛さのせいで精神を軋ませる。
母たる女二人の齟齬とせめぎあい、それとも、原因は本当にーー……?

前述のように、この映画の描く「恐怖」は観客それぞれに解釈を委ねられる。
そしてこの映画が劇中で語らんとした「恐怖」そして「邪悪」とはまさに、何かに触れたその“何か”がもたらすものではなく、それに触れた人間それぞれから湧き上がるもの……なのかもしれない。
烏丸メヰ

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