カルダモン

エンパイア・オブ・ライトのカルダモンのレビュー・感想・評価

エンパイア・オブ・ライト(2022年製作の映画)
4.5
1980代初頭イギリスの海街マーゲイト。海岸沿いに建つ豪奢な映画館『エンパイア』は黄金期が過ぎ去って、いまや4つあるスクリーンのうち稼働しているのは2つだけになっている。今日もいつものように営業前の館内にライトが点灯する。一時代を終えて色褪せた劇場も光が灯ればまだまだ現役なのだ。点灯は始まり。映写機から放たれる光と同じく。

従業員のヒラリーは心に問題を抱えつつも、優しい仲間達と共に劇場を運営している。新しく従業員として迎えたスティーブンとの出会い。最初は少しの変化だったかもしれないが、彼女の中ではいつの間にか抑えられないほどに大きな変化になっている。ヒラリーの中に灯りが点る。歳の差も人種の差も感じることのない幸せな時間がフィルムのように回りだす。

苦いけれど腐ってはいない後味。なにかと決別して踏ん切りをつける時の心細さや揺れ、心のありようが表情からダイレクトに伝わってくる。痛いほどに。オリヴィア・コールマンの凄まじい存在感。ちょっとした仕草や言葉遣い、激烈な感情の爆発から視線の揺らぎに至るまで圧倒される。最高なのは映画館で働くスタッフの面々。誰も彼もがナイスな奴。こんなところで働けたらいいな。館長はサイテーだけど。『炎のランナー』プレミア上映の場面は白眉。扉の奥からウッスラ漏れ聴こえるヴァンゲリスの曲が修羅場を盛り上げる。

なにかが始まりを迎える時も終わりを迎える時も、心はふわふわと落ち着かない。自身も世間もまだ不安定に揺れている。


賞レースではほとんど話題にならないけれど、私はとても刺さりました。やたらと性愛を絡めてくる見せ方には若干首を捻ったけれど。ロジャー・ディーキンスの撮影は美しく見惚れるシーンが幾つも。ロケ地となった映画館いつか行ってみたいな。劇中でチラッと登場したモルティザーズというチョコのお菓子、好きでよく買ってた。もう日本では売ってないかな?懐かしい。