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エンパイア・オブ・ライトのumisodachiのレビュー・感想・評価

エンパイア・オブ・ライト(2022年製作の映画)
4.8


サム・メンデス監督作品。

1980年代イギリス。海辺の町のの映画館で働くヒラリーは、館長のセクハラに悩まされつつも淡々と働いていた。そこへ、大学進学を諦めたスティーブンスという若者がやってきた。年の差がありつつも心を通わせていくふたり。しかし、ヒラリーにはある事情があり……。

いやはや、良い映画だった。ロジャー・ディーキンスが手掛けた映像がとんでもなく素晴らしくて、それだけで夢見心地になってしまうのだが、ストーリーもグッと来た。

穏やかで優しく勤勉であるものの、過去の傷から不安定さを抱えているヒラリーを演じたオリビア・コールマンの神がかった演技をはじめ、出演者が全員ピッタリだった。若さと聡明さを体現したようなスティーブンス役のマイケル・ウォードも、良いところをかっさらっていた映写技師役のトビー・ジョーンズも、クソ野郎を演じたコリン・ファースも皆最高。

ヒラリーとスティーブンスが恋愛関係になるとは思わず少し驚いたものの、展開として私は不自然には感じなかった。同じようなものに惹かれ、同じように傷を抱えている彼らが近づくのは当然だとすら思った。スティーブンスが若さゆえに受け止めきれないのも、スティーブンスの母親の心情も、実に説得力があると思った。誰かの人生において、何が希望になるかなどわからないが、誰だって何だって希望になり得る。もちろん、映画も誰かの希望になる可能性がある。これこそ、映画愛を描いた作品なんじゃないかな。

年の差恋愛、『炎のランナー』プレミア、セクハラ、メンタルヘルス、サッチャー政権下の人種差別と要素てんこ盛りではあるし、恋愛部分でつまずくと乗れないまま終わってしまう危険性もある映画だと思う。しかし、私は「これこそが人生だな」と納得してしまった。

家族の悩み、恋愛の悩み、友人関係の悩み、仕事の問題、ふいに蘇る過去の傷、突然大病に襲われる知人や親せき、思いもよらぬ事故、お金の心配、現実逃避の妄想、趣味の時間の捻出、体調不良……そういうことが混在しているのが人間の人生であり、どんな人でも毎日を細分化してみたらかなりとっちらかっているのではないだろうか。落ち込んだと思えばウキウキしたり、次の瞬間家族とけんかしてみたり、おなかが痛くなったり。恋愛や趣味などでは制御がきかない人も多いだろうし、よくわからないゴチャっとしたものを抱えながら、ときには自分でも思いもよらぬ行動をとって自分で驚いてみたりして。そんな風に生きているのが人間なんだと思う。少なくとも私は、本作を観て「みんな同じように不器用に生きているんだな」と安心できた。でもって、だからこそ私は映画を観るんだなと、ヒラリーが見つめる先のスクリーンを見ながらしみじみと感じ入ってしまった。

何度傷ついても、何度羽根を折られても、人間はまた立ち上がって飛び立つことができる。でも、そのためには希望が必要。そんなシンプルなメッセージに心をつかまれた。

音楽、詩、映画といったアイテムを見事に生かした構成には確固たる教養を感じ、完璧に作りこまれた映像には確固たる美学を感じた。視点を変えれば誰もが弱者になり得るという多角的な視点、過去から未来へと広くとらえた眼差しには経験の深さと鋭い洞察力を感じた。私はやはり、こういった豊かな映画が大好きだ。



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