umisodachi

ティルのumisodachiのレビュー・感想・評価

ティル(2022年製作の映画)
4.1


1950年代アメリカで起きたエメット・ティル殺害事件を題材にした作品。

シカゴで裕福な暮らしをしていた未亡人の黒人女性メイミーは、ひとり息子のエメットと暮らしている。14歳になったエメットはミシシッピにいる従兄弟たちの家にしばらく一人旅をすることに。心配でたまらないメイミーを置いて旅だったエメットだったが、商店の店員の女性に口笛を吹いたことから白人たちの怒りを買い、リンチの末に殺されてしまう。悲嘆にくれるメイミーは息子の悲劇を世間に知らしめようと決心し……。

何が起こるか分かっているから、事件までの描写はひたすら辛い。1950年代の描写は魅力的で、素敵なドレスに素敵な車にとうっとりしてしまうが、メイミーたちを映しながら時代背景や彼らの立場などが丁寧に表現されていく。メイミーは「ミシシッピは個々とは全く違う」とエメットに言い聞かせる。シカゴという北部の街で、白人女性に交じって仕事をして立派な家に住むメイミーたちも人種差別は受けているが、それはミシシッピのそれとはまったく異なるのだと。まだ14歳のエメットにはピンとこないのがもどかしく、観客は来るべき悲劇に向けてもどかしく思いながらカウントダウンするしかない。

全体的に非常にオーソドックスな作りの映画で、奇をてらったところはほとんど感じられない。描くべきシーンを描き、語るべき言葉を語らせ、時系列に沿ってストレートに進んでいく。メイミーの不安を、絶望を、決意を、落胆を、希望を共有しながら、観客は圧倒的な理不尽に怒りを滾らせるしかない。正攻法で勝負したのがむしろ良かったのではないかしら。あっと驚く仕掛けや、複雑な構成なんかなくたって、全てのシーンが強く訴えかけてくるものなのだから。この世の理不尽との戦いは、まだ終わっていない。

メイミー役ダニエル・デッドワイラーの魂のこもった熱演は一見の価値あり。



umisodachi

umisodachi