こうみ大夫

TAR/ターのこうみ大夫のレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.8
世界には黒沢清や濱口竜介などゴロゴロ居るぞと叩きつけられてくる怪物作品。
脅しやハラスメントという文脈を語る上で厄介なのは加害側が明らかに悪者の顔をしていない時だ。私たちは客観的に見てターを擁護できないが、主観的に彼女を見つめるカメラを通したとき、インテリ的で嫌な奴だとは思うが才能が全てを決めるクラシック界で決して悪いという訳ではない、という感情を持つ。
しかしこれは「典型的な」ハラスメントを起こす罠であり、強者が絶対とされる世界において必ずハラスメントの問題は起きる。まさに、映画界がそうであるように。
そのため強者は決して弱者にはなれず、弱者の視点を獲得するなど出来ないのだ。そしてまた加害側も悪意ある加害をしていない(あくまでピュアな主観に過ぎないが)気持ちのままなのだ。
この映画のラストは悲劇のようであり、よく見るとそれでも音楽を続けられたターの喜びとも捉えられる。いやむしろそうでしかない、直前に音楽を届ける喜びを噛み締めるあのシーンが挟まるということは。おそらく今後もターは何がいけなかったのかなんて気付くことはない。この分断は強者を絶対とする世界では、今後必ず連鎖していく問題だろう。
そういった一連を何の話か分からないくらいのスタートで始め、時折クラシック史の基礎が分からないとついて行けないフルトヴェングラーとナチスみたいな話を挟みつつ、あぁこの人に問題あるよなやっぱり、と話を展開していくお洒落さは見事。最近だと逆転のトライアングルに並ぶお洒落展開だった。こんなのがバンバン作られてるんだからそら世界の映画祭で競う訳だ。
見た人は、「この分断は起こるよね」「そうだね分断はしょうがない」くらいの感想しかなく何も得られない作品だ。しかしそれはこの映画の狙いでもある。冒頭のシーンで語られるように作品の与えるものはいつも「答え」ではなく「問い」でしかないから。
こうみ大夫

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