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TAR/ターのsilkのネタバレレビュー・内容・結末

TAR/ター(2022年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

多岐にわたる差別や階級構造を見せようと意気込んでる割に、リアリティがないし中途半端感。以下詳細。

①主人公が女性かつレズビアンである必要性について
・この内容を女性かつレズビアンでやるには少なくとも30年くらい早い気が。世界はこういう女性より、遥かに大量のこういうおじさんで溢れてるんですが。
・Tarは既得権益が全くなく不利な状況から権力を手にした人だけど、既得権益の元で権力を振りかざすおじさん達を一人も登場させずしてこの内容を見せられても感。
・ずっとリディアのことを美しく美しく撮っていたのに、ラストで取り乱したところを般若の様に醜く撮ろうとしてる意志を感じて、なんかさ…そういうところだよ…って思った。

②非英語話者とアジアの描き方
・英語/独語/仏語を操る主人公だけど、独語を喋っている時に突然字幕がなかったの謎だったし(意図が分からない)、東南アジア(のどの国かも教えてくれない)で英語をベラベラ喋り普通に通じてる状況も、現地の人が流暢に英語を操る姿も、英語話者に都合が良すぎ。bunkamuraとか抹茶とかいうワードが出てきて、日本がアジアの中で文化的に進んでるみたいなイメージがありそうでアイテムの様に使ってるのもなんだかな。

③その他
・ロシアのチェリストの住環境から経済格差を垣間見せたり、Zethphan演じるMikeとの応酬から人種差別に言及したりはするけど、深掘りはなし。中途半端に大風呂敷広げないで。
・SNSが諸刃の刃なのは分かるんだけど、ネガティブな描き方しかされないと、それだけじゃないんだけどなと言いたくなる。とはいえ「SNSに魂を形作られてる」という台詞にギクリとしたのは事実。

内容に目新しさは感じなかったし、アジアの描き方については20年くらい前から進歩してない様な。
差別や階級構造を扱う映画が多いのは良い事だけど、negative energyで見せつけられるより、positive energyで立ち向かっていく系の作品の方が好きだなぁという、これは個人的な感想。

細々した点でモヤりつつも、この映画が好きになれなかったのはやっぱり「Tarがどういう人間でどういう人生を歩んできたのかよく分からなかったから」だと思う。←これは製作陣がどの様にTarを解釈しているのか、私に伝わらなかったという意味。
クラシック界で、女性でレズビアンであるという不利な立場から、才能と努力でのし上がった彼女は凄いし、どこかの歌の民族(名前は忘れてしまったが)と5年間ともに暮らして博士論文を書いたという過去も、移民の(だと思われる)子どもを養子として受け入れ愛し育てている現在も素敵だと思う。(そういう人が新拠点のアジアで現地語を全く使わないなんて状況あり得るのかな?それとも歌の民族に対しても全く言語的に歩み寄らない人だったの?)

Tar自身に問題があるのは分かるし、それがボロボロ出てきてしまう様も秀逸だったけど、「人間が権力を手にして転落していく様」を描くなら、そして「権力を手にするのが困難な状況下でそれを手にした人」を描くなら、「権力を手にする過程」を描くのが筋だと思った。自殺してしまった女学生との件も説明不足感あったし。
TAR前編でその過程を描いた後に、この映画をTAR後編としてリリースしてくれていたら絶賛していたかもしれない。ケイト・ブランシェットさんは人間離れした風格の方で、あえての配役なんだろうけど、ひとりの人間としてのTarの人生を見たかった。
って、これは製作側に対するメタ視点での愚痴であってTarを擁護する気はないんだけど、擁護しちゃってるのかもしれないし、私自身あらゆるバイアスが抜けきれてないのかも…。

面白かったし良いところもあったよ!冒頭のSNSのやり取りの正体が分かった時はアッ!となったし、ノエミ・メルランさんはハチャメチャキューティーでした。画も音楽も素晴らしかったです。




………って………1日経って、私がもし権力を手にしたらTarみたいになるんじゃないかって怖くなってきた。私みたいな人間は権力を持たない方が良い。
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