なべ

TAR/ターのなべのレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.1
 120分を超えると膀胱が耐えられなくなるので、前日から水分を控えての鑑賞。尿意に邪魔されることなく完走。短いエンドクレジットが終わって、場内が明るくなったとき、まず思ったのが、「ケイト・ブランシェット演技うまっ!」だった。観てるあいだは演技とは思えず、すっかりター本人だと錯覚してた。
 トッド・フィールド(全然知らない監督だった)がケイト・ブランシェットをあて書きした脚本らしく、ブランシェットのター味がすごい。いやもうね、タクトの振り方や奏者に指示する動作の一つひとつが指揮者そのもの。カリスマならではの傲慢もひしひしと感じるのよ。比べるのもアレだけど、のだめのミルヒーや千秋先輩はやっぱり嘘っぽいじゃん。てかでたらめじゃん。そんな指揮で演奏できるか!ってくらいダメダメじゃん。ターは違うのよ。音楽的理論に裏打ちされてる動作というか、佇まいが絶対的な正しさに満ちてるのだ。
 そして彼女の存在がリアルなのと同様、彼女の身に起こった出来事もやけに生々しい。かつてのカラヤンを彷彿させる疑惑やスキャンダルを見るにつけ、あれ、ターって実在した人物だっけ?と自分の記憶を遡ったよ。確かベルリンフィルに女性の常任指揮者はいなかったよなあ…いや、ぼくが知らないだけで、アバドとラトルの間、彼女が常任指揮者を務めた期間がきっとあったに違いない。ああそういうことか、スキャンダルでなかったことにされてるんだなと。劇場から出るやググっちゃったわ。
 アバドがリフレッシュしたベルリンフィル、中でも目玉としたマーラーを更に先鋭化したようなターの演奏がとてつもなく素晴らしくて(実際に鳥肌が立った)、終わったら彼女のマーラーの五番を買わなきゃとマジでタワレコに寄ろうとしたんだよ。いや、ほんと。
 もちろんターは実在しない(検索したから確かだ)。でもターのアルバムを買いに行こうと思えるくらい実話めいたつくりだったってことは強調してしておきたい。
 話はシンプル。人気指揮者の凋落。だけど前述したようにリアリティがハンパなくて、ドキュメンタリーじゃないのに、史実を見てるような錯覚に襲われる。
 セルフプロデュースに長け、自らをブランド化し、地位、名声、人事権まで欲しいままに上り詰めた(カラヤンやん!)女性指揮者が、その驕りゆえに、反感を買い、隠蔽を画策し、派手な事件を起こすに至る様をヒリヒリするようなリアルなタッチで描いてる。
 まあ、一人の人間に権力が集中すると碌なことはないのは世の常だけど、ターがやったことはカリスマ権力者のわがままとしてはどれもポピュラーなもので、そこそこ人望があれば目こぼしされる程度のもの。女性なのにやることがおっさんめいてて、悪目立ちしたってのはあるかもね(あ、またフィクションだってこと忘れてるw)。カラヤンもベルリンフィルの終身指揮者の冠を戴いたのに、最後にはオーケストラから返事もしてもらえなくなって屈辱にまみれて去るんだよね。
 今はもう20世紀のように絶対者スタイルでオーケストラを指揮する者はいない。そんな時代じゃないのだ。だけど、過去のカリスマ指揮者が傲慢(オーケストラの私物化)だったがゆえに偉大だったのも事実。ターが芸術における権力と傲慢を描いた力作なのは間違いない。他に似たジャンルがないから楽しみ方がわからなくて若干戸惑うかもしれないけど、このヒリつくリアリティはなかなかのご馳走なので、クラシックファンと言わず、マニアライクな良作を観たいって人には是非観て!

ネタバレはコメント欄で

 あ、途中、ストレスか神経症に由来するオカルトめいた描写があるんだけど、ブラックスワンのようにホラー化することはないから注意して。というのもそういうシーンがあったから、あれ、そっちの映画かと見方を修正しそうになったんだよね。いや、そちらから鑑賞するのも全然ありだとは思うけどけど、ぼくは監督のちょっとしたスパイス(サービス)だと理解した。おそらく深層心理の罪悪感によるものなのだろうと。
 このちょっとした混乱と戸惑いが集中を削いだので、これから観る人は注意して。
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