セサミオイル

TAR/ターのセサミオイルのレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
5.0
音、演出、脚本、演技、ほとんど全てにおいて常軌を逸したモンスター級の映画。
破天荒で在りながら高いクオリティーも保持するという矛盾を堂々と表に出した映画である。
好き嫌い問わず壮大で稀な映画である事は間違いないのでおすすめしたいです!


この映画の1から10までフィクションだなんて信じられない。
膨大に繰り広げられる何気ない日常会話や雑談が全てあらかじめ決められた脚本だと思うと、日常会話に付随する何気ない仕草や表情が全て演出と演技によるものでカメラや構図もあらかじめ決めて撮られたものだと思うと、日常にある小さな雑音でさえキレイに収録して絶妙な音量調整を施してアウトプットしてるとか思うとライティングもしっかりと計算して作ってあるかと思うと頭がクラクラします。
ストーリーには直接関与しないようなシーンたちになんでこんな大変な労力を費やしたのか。この映画の肝はここにあると思いました。

全宇宙の90%が『無』であるのと同じく、我々の人生の殆どの時間や労力は本筋から外れた所にある。昨夜の飲み会がどんなに楽しかったとしても飲み会自体人生の本筋に深く食い込んでくるものではなく、そんな喜びも『無』としてカウントされる訳である。
しかしその無駄と思える飲み会でごく稀に結婚相手とか会社を立ち上げる仲間とか人生を大きく左右する出会いがあったりするのも事実。でもそんな出会いないかもしれない。下手したら人生そのもが無駄だったという事になりかねないがそんなの全然悔しくないのよ。だって無駄=無意味ではないから。

「指揮者の仕事は偉大な作曲家に奉仕する事だ」みたいな台詞があったよね。これは自分の人生を豊かにするより偉大な作曲家の大作を後世に残すことの方がより大事であり、これまで培ってきた膨大な学習や経験はそこに捧げるためにあるという宣言と受け取りました。
人生賭けて棒を振った挙句、潔く人生を棒に振るみたいな。