YAEPIN

TAR/ターのYAEPINのレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.7
神からの啓示、作曲家の大いなる意志、それらを具現化させる指揮者の強権的なカリスマ性。それらによって古典音楽、ひいてはオーケストラ音楽は成立すると思ってきた。
だが現代において、そんなものを標榜しているものは他にない。

SNSによって人々の意志は大胆にサマライズされ、目にも止まらぬスピードで交差する。
多くの人が信じ切ることのできる一つのマスなセオリーは薄れ、個人が抱く日々の些細な衝動に揺り動かされて生きるしかない。

神、芸術、作曲家といった曖昧な亡霊に組み敷かれることで成り立つことを求められてきたオーケストラは、現代に残る最も独裁的な型式であることに気が付く。

主人公ターは、その高尚な重圧に精神を侵されながらも(彼女の神経質さは、細かい所作や鏡で分断される構図、うっすらと流れ続ける重低音など、あらゆる手段で完璧に表現されていた)、他者の不安定さや小さなノイズを徹底的に嫌い、封じ込めようとする。

しかし彼女が無意識に敵に回していたのは、神の意志でも作曲家の意図でもなく、そんなものを必要としない現代社会だった。
そのメッセージが、エンドロールでハッキリと釘を刺されたようだった。

ただ考えてみれば、特定の意志・思想を形づくるために多くの人間が動かされるという意味で、オーケストラに最も近いのは映画そのものなのではないか。
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