ペイン

TAR/ターのペインのレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.7
キューブリック 、ウディ・アレン仕込みの俳優兼監督トッド・フィールド16年ぶりの最新作。

こりゃヤバいっ!2度鑑賞したが、何度でも観たくなるスルメ映画。今年は私的には『TAR』と『フェイブルマンズ』の2強(※次点で『レッド・ロケット』)。

かの有名なキューブリックの遺作『アイズ・ワイド・シャット』では、俳優として18か月間に及んだロンドンでの撮影に拘束されたが、バーテンダー役で僅か3シーン程しか出ていなかったフィールド。しかし、彼がAFIで映画監督になる準備をしていることを知っていたキューブリックは編集室に彼を招き入れ、編集中の『アイズ・ワイド・シャット』のラッシュを毎日のように見せたり、映画作りの秘訣を色々と伝授してもらったそう。また彼の最初の監督作品『イン・ザ・ベッドルーム』の脚本も、『アイズ・ワイド・シャット』の撮影期間中にロンドンで書かれたもの。その処女作『イン・ザ・ベッドルーム』は、ロバート・レッドフォード『普通の人々』をはじめ、ベルイマンの『ファニーとアレクサンデル』やマイク・リー『秘密と嘘』、アン・リーの初期家族ものといった諸作と共鳴するような極私的な人間ドラマだが、とりわけそれらと比べても低予算の自主制作映画のような感触。その低予算を逆手にとったような人物描写や、BGMなど派手さを極力抑えた淡々としたリアルな場面展開に“逆に”グイグイと引き込まれていく。

今回の『TAR』で、映画作家としてはまた更にグンと化けた感はありますが、ファンであればこの“原点”を観ておくべき。かのアリ・アスターの『ヘレディタリー/継承』への影響もビンビンに感じられる傑作だ。そうしたキューブリックやウディ・アレンといった数々の監督たちから“良い意味で”ルーズであること、そして大胆不敵であることの大切さを学んだトッド・フィールドの集大成的1作『TAR』は、紛れもなく大胆不敵で文句の付けようがない圧倒的な1作(※好き嫌い分かれる作品であることは重々承知しつつ)。

顔面血濡れのケイト様、アコーディオンで不協和音狂い弾きながら“お前ら地獄行きアパート売り出し中!”と歌い叫ぶケイト様、オーケストラ中に指揮者に猛突進するケイト様、路傍でゲロ吐くケイト様…自身の最高傑作『ブルージャスミン』の更なる発展系のような名演。本来スタジオ側からは男性主人公で頼まれていたものを、トッド・フィールドが脚本をケイト・ブランシェットに宛て書き。それ故に主人公ターは、ある種の“オッサン感”があり(※実際に劇中で娘の同級生に“私は父親”と名乗る場面も⬅️)、如何にも権力者の中年男性といった趣。まさに監督の言うように、これは“おとぎ話的”なのである。

『イン・ザ・ベッドルーム』でも不必要なまでの顔面アップショットや、ズボン👖のポケットの中の小銭をチャラチャラするショットが挟み込まれていたが、本作『TAR』においても執拗に貧乏ゆすりを捉えたり、神経症的ショットが挟まれるのが印象的。幻聴や幻想に苛まれるシーンは、まだ記憶に新しい昨年のアピチャッポン・ウィーラセタクンの『MEMORIA メモリア』なんかとも共鳴するし、自宅でターがタガが外れてアコーディオンを弾きながら暴れ狂う様は『MEMORIA メモリア』にも影響大なフランシス・F・コッポラの『カンバセーション 盗聴』を思わせるものがあった。またトッド・フィールド自身が愛して止まぬベルイマンの『狼の時刻』を思わせるホラー描写も🔍️一見取っつきずらい作品のようでありながら、最後は誰の胸にも響く普遍性、テーマが本作にはある。決して入り組んだパズルのような難解さは無い。また、ヨハン・ヨハンソンの弟子で、『ボーダーライン ソルジャーズデイ』や『ジョーカー』の劇伴も手掛けたアイスランド出身の作曲家、ヒドゥル・グドナドッティによる凝らされたスコアも劇場で“体感”するに越したことない。ド派手なアクション超大作以上にこういった作品こそが、実は劇場体験型映画なのである📽️
ペイン

ペイン